きょうもあしたも猫日和 前編

油断した、そうとしか言いようがない。気付けば甲高いブレーキ音を鳴らした車がこちらへと突っ込んできていた。ヘッドライトの光が視界を真っ白に染める。

「くっ……!」

避けなければ、そう頭ではわかっているのに一瞬遅れた反応はすでに致命的だった。目前に迫った車に、これから自分の身に襲いかかるだろう衝撃を覚悟し目をきつく瞑る。瞼を超えて、強い光が瞳を焼いた。とうとう俺もあの男と同じ場所に堕ちる日が来たのかと思った時、まるで自分の体が縮んでいくような感覚に陥る。そのすぐ後とてつもない質量の塊が、轟音を立てながら頭上を通り過ぎて行った。俺の体は、何故か地面に張り付くように倒れ込んでいる。目を開くと、視界は随分と低い。声を出そうとすると、喉の奥からは媚びたような鳴き声が発せられる。
何だこれは、これではまるで、

「あ、霧生見てごらん、猫だ」

そう、まるで猫のようじゃないか。……というか、今の声は。
声のした方へ首を向けると、巨大な2つの影が寄り添うようにして立っている。ぼやけた視界の中で金色の髪が揺れながら近づいてくる、ようやくはっきりとしたその姿は予想した通りの人物だった。

「……なんだかぐったりしているな、具合が悪いのか?」

キングシーザーのボス、瑠夏・ベリーニ。ならば後ろについてきているのは、先程瑠夏が呼んでいたように霧生だろう。俺へ腕を伸ばそうとした瑠夏を、霧生が少し慌てたように止める。

「ボス、あまり不用意に触れない方が……」
「でも、この子弱ってるみたいだ。霧生は放っておけと言うのかい?」
「……わかりました、なら俺が」

俺のすぐ傍にしゃがんだ霧生は、こちらへと腕を伸ばしてくる。その手が触れる直前俺は無理やり体を動かしそれを避け、同時に威嚇をするような声を奴へ向ける。どうやらおれはまるっきり猫になってしまっているようだ、自分の感情そのままに体が反応してしまう。それにしてもこれはなんだ、夢か。まさかこれが噂に聞く走馬灯というやつなのだろうか。
霧生は俺の行動を見て露骨に眉を顰めた。尚も俺を捕まえようと腕を伸ばす霧生に、爪を立てた手を振るう。それを避け、奴は懲りずに俺を捕まえようとする。その攻防が数度繰り返された後、すぐ後ろに立っていた瑠夏が笑い声をあげた。

「ははっ!霧生嫌われたな。ほら、おいで」

霧生のすぐ隣にしゃがんだ瑠夏はいとも簡単に俺を拾い上げる。霧生に気を取られていた俺はそれに抵抗することが出来ず、あっさりと腕の中へと抱き込まれてしまった。首の後ろをくすぐられると、無意識にその手へ頭を擦りつけてしまう。小さな笑い声が上から降ってきて俺はようやく我に返りそこから抜け出そうと暴れるが、背中から尻尾の付け根までを優しく撫でられるとくたりと力が抜けてしまった。

「可愛いなあ……なあ霧生、この子何だかJJに似てないか?」
「は……そう、でしょうか……」
「この毛色、JJの髪と同じような色だし、このなかなか懐こうとしないところも似ているよ」
「……ボスには、あっさりと身を預けているようですが……」
「うん、そこも含めて、ね」

とんでもない爆弾発言が飛び出したような気もするが、腕の中に包み込まれている温かさに緩やかな眠気が襲ってくる。そういえばいつだったか、猫は1日の半分以上を睡眠に費やすと聞いた。それに抗うことが出来ないまま、俺の意識は闇へと落ちていく。落ち切る寸前に、威圧的で横暴な虎の声を聞いた気がした。