絶望は無機質な音を鳴らす

手首につけられたものがガチャガチャと耳障りな金属音を立てる。乱暴に腕をひかれながら、俺は引き摺られるようにして冷たい廊下を歩いていた。周囲からいくつもの視線を感じる、俺くらいの年の奴がここへ来るのはそんなに珍しいのか、最近じゃそうでもないはずだが。
施設を脱走した俺は、数か月どうにかうまくやっていたつもりだったが、銃の所持を見咎められ刑務所送りだ。その数カ月、口が裂けても綺麗に生きてきたなんて言えないので、下手をすればこの先長い時間をここで過ごす可能性だってあるのではないだろうか。生きるために犯してきた罪がどれ程の重さになって返ってくるのか知らない、もうどうでもいいとさえ思える。
ただ、俺を引き取ると言ってくれた優しい笑顔を思い出すと、わずかばかり心が痛んだ。
1つの独房の前で俺の腕を掴んでいる奴の足が止まると、中に居た2人の男が胡乱な瞳でこちらを見てきた。ここに来ても集団生活を強いられるのかと、誰にも気づかれないよう溜息を吐く。この場所では名前として扱われる数字を呼ばれ、中に入るよう命令された。手錠を外され檻の鍵が開けられる、この隙を突いて逃げることも出来るだろうが、今更みっともなく足掻く気にはなれなかった。中に入ってすぐ後ろで扉と鍵が閉まる、いくつか決まり文句のようなものを告げ、俺を連れてきた奴らは去って行った。

「……おい新入り、挨拶はどうした」
「……」

見張る奴らが居なくなった途端これかと、俺はすでに何度目かわからない溜息を吐いた。無視して周囲に視線をやり、自分に与えられたであろうベッドへ腰かける。どうやらこの独房は4人部屋らしい、よく見れば確かに連中の後ろにあるベッドには膨らみがあった。もうすぐ昼近かったと思うが、こんな時間まで寝てるとは良いご身分だと心の中で嘲った。

「てめえ、何無視してんだ!」
「ガキが、粋がってんじゃねえぞ?」

奴らは俺の態度が気に食わないらしくやたらと喚き散らしてくる。どうしてこんなに絡んでくるんだ、俺はお前たちに興味がないし放っておいてくれればいいものを。こういう時のうまい対処など知らない、ただ延々と突っかかってこられれば苛つきもする、俺は伏せていた視線を上げそいつらを睨む。

「うるさい、少し黙っていてくれないか」
「なっ……!」
「ようやく口をきいたかと思えば生意気な、」

「うるさいなぁ、寝られやしないよ」

その声が室内に響いた途端、俺に突っかかってきていた2人の肩がびくりと揺れる。顔からは一気に血の気がひき、そのままゆっくりと後ろを振り返った。俺も奴らに倣い視線をそちらにやると、ベッドの膨らみがもぞりと動き、不機嫌そうな表情をした男が体を起こしている。
2人の反応を見るに、そいつがここでのボスなのだろう。こんな狭い場所でお山の大将気どりか、本当にくだらない。

「る、瑠夏さん、その……」
「言い訳はいい……新入りか?」
「はい……その、生意気な奴で、」

そいつが言葉を言い終わるより早く、立ち上がったルカと呼ばれた奴は、その男の頬を少しの加減も感じられない力で殴った。床に倒れ込んだそいつを冷たく一瞥し、口を開く。

「言い訳はいい、と言ったのが聞こえなかったか?」

もう1人の男は、恐怖でか青ざめた表情のまま固まっていた。自分に飛び火しないように口を固く閉ざし、その場をやり過ごそうとしているようだ。ルカはもうそいつらへの興味を失ったのか、気だるそうな視線を俺へと向ける。
こうして見ると、奴は随分大柄だ。俺と頭2つ分は違うのではないかと思える長身に、鍛え上げられた筋肉がバランスよくついている。やわらかく揺れる金髪と細められた碧眼から、純粋な日本人でないことはわかった。開いた口から覗く尖った犬歯もあいまって、その姿はさながら百獣の王であるライオンのように見える。

「騒ぎの原因は、キミか」
「……そいつらが勝手に騒いでいただけだ」
「だから自分は悪くないって?随分子供染みた言い訳をするんだな。話は聞いていたけれど、キミが礼儀を通せばこんな騒ぎにはならなかったはずだろう?」

どうだか、たとえ俺が奴の言うように礼儀を通したところであの2人が絡んでこなかったとは考えにくい。随分血の気が多そうだし、そうでなくともここでの生活にストレスを感じていただろうから、ちょうどいい獲物が来たと思ったのではないか。知ったことかと思い口を閉ざすと、奴はこちらへと近付き高い位置から俺を覗き込んでくる。その表情は妖しげな笑みを湛えており、浮かぶのは支配者のそれだ。

「っ……」
「……へえ、よく見れば綺麗な顔してるじゃないか。名前は?」
「……」

俺の髪をルカのでかい手が掴み、自分の方へ引き寄せる。乱暴に捕まれた髪が痛みを訴え俺は間近に迫ってたその目を睨みつけるが、それを受けて尚奴は楽しげに笑った。頭のどこかで、こいつに逆らうなと警鐘が鳴りだす。

「ボクは瑠夏・ベリーニ。瑠夏は漢字で、瑠璃の瑠に夏で瑠夏だ。キミは?」
「……J、J……だ」
「それが名前?キミ、日本人だろう?」
「っ……本名は、覚えてない」
「ふうん……まあいいや。キミの過去に興味はないしね」
「……」
「でも、今のキミには大いに興味があるな」

過去を詮索されずに済んだことに安堵したのもつかの間、瑠夏は俺をベッドへ倒すとその上に覆いかぶさってくる。ふざけるなと焦って押し返そうとするが逆にその腕を取られ、俺の服を慣れた手つきで全て脱がせていく。そうして脱がされた服で両手を括られ、ベッドサイドに繋がれてしまう。

「やめ、ろ!」
「あんまり騒がないでくれないかなあ……」

仕方ないとでも言うかのようにベッドサイドに手を伸ばした瑠夏はそこに置いてあったタオルを手に取り、それを俺の口に突っ込んでくる。苦しさに舌で押し返そうとするが、無理矢理深く咥え込まされてしまう。

「ん、うっ!」
「声が聞けないのは残念だけど……まぁ、反抗する気がなくなるまでは我慢しておくよ」

くぐもった声で唸る俺を満足そうに見て、瑠夏は視線を俺に絡んだ奴らへと向ける。

「あぁ、キミ達。ボクは今からJJとイイコトするから、誰か来たら誤魔化しておいてくれよ」

無茶な命令に、それでも奴らは首を縦に振った。そうしてドアの方へ近付き、外を警戒し始める。その様子を見てから俺に視線を戻した瑠夏は、露わになった俺の胸をへと手を這わせ突起をガリと引っ掻いてきた。痛みと同時にじんわりとした快感が襲い小さく体が跳ねる、赤く残ってしまった跡を今度はいたわるように舌が触れた。

「ふうっ……んっ……!」
「へえ、なかなかそそる声を出すな……興奮してきたよ」

胸への刺激で少し固くなってしまった俺のものをいきなり握り込むと、性急にその手を動かしてくる。こんな状況でもそうして刺激されてしまえばそれは簡単に勃ち上がってしまう。そのまま無理矢理昇り詰めさせられ、俺は瑠夏の手に熱を吐き出した。

「う、ん……っ!」
「沢山出したな、まぁ、その方がいいけどね」

瑠夏は俺の脚を掴み左右に割ると、後ろを探り俺の出したもので濡れた指をいきなり突き入れてくる。痛みにひきつったような声を上げてしまう俺を見て、目の前の男は可笑しそうに笑った。反抗してきた割にすぐ情けない声を出した俺を嘲っているのだろうか。指が中を抜き挿しし始める、長く骨ばった指が中を擦りあげると少しずつ痛みが薄れ、代わりにもどかしい感覚が背中を痺れさせる。

「っく……ふ、ぅ……」
「もう感じ始めたのか?……あぁ、もしかして」

こういうことに慣れているのかな、と耳元で囁かれ、耳を軽く噛まれる。くすぐったい刺激に思わずぶるりと体を震わせてしまうとそれを狙っていたのか中に指が増やされるが、もう痛みはなくただ圧迫感だけが増す。さらに奥へと入り込んできた指が中の一点を擦り上げると、体が跳ねるほどの快感が走った。その刺激で先程出したばかりのものがまた固さを増し勃ち上がってしまう。

「ん、うっ!」
「本当にキミは良い反応をするね……我慢出来そうにないよ」

ずるりと指が抜かれ、瑠夏が自分の前をくつろげ自らのものを取り出すと、その昂ぶりをあてがってくる。その大きさに俺は無理だと首を振るが、獰猛な肉食獣を思わせる表情をした瑠夏は興奮した様子で俺の中へとそれを埋めてくる。頭が真っ白くなりそうな痛みが襲いかかり、俺は体を固くし声を上げる。タオルで塞がれていなければ、それはみっともない悲鳴として周りの奴らの耳に届いていただろう。

「っ……JJ、力を抜け」
「んっ、ぐうっ!」
「は……っ、喰い千切られそうだな……」

瑠夏は苦しげな声を出しながらもまだ余裕のある表情で俺を浮かべながら、脇腹や胸の突起をくすぐるように触れていく。その感覚に少し意識が散り、俺の変化に気付いた瑠夏はさらに深く入り込んでくる。ようやく瑠夏のものを全て飲み込んだ頃には、目の端から堪え切れない涙が零れていた。それを見た瑠夏は妖しく口元を歪め、覗かせた舌で頬から目尻まで、涙の跡を伝うように舐め上げた。

「もう、抵抗する気力もなさそうだね」
「ん……う……っはぁ」

口からタオルが取られ、縛られていた腕が解放される。それでも俺は瑠夏の言う通り抵抗する気力を失っており、腕は力なくシーツに落ちて行った。

「最、低、だな……アンタは」
「随分な言い草だなぁ……キミ、こんなの慣れっこだろ?」
「っ……」
「……あぁ、でも、流石に切れちゃったみたいだね」

繋がっている部分を瑠夏の指がなぞると、ピリッとした痛みが走る。目の前に見せつけられた指には、俺の出した白濁に混ざって血がついていた。中を圧迫される痛みの方が強く気付かなかったが、無理矢理広げられたそこは切れて出血してしまっていたらしい。

「……これも、血の誓いになるのかな」

吐き捨てるようにそう言った瑠夏は逆の手の親指を噛み、そこから出た血を白濁と俺の血が混ざったものに垂らすとぺロリと舐める。一体何をしているのだろうかとその様子を見ていると、瑠夏はその指を俺の口へと差し入れ中をぐちゃぐちゃとかき回してきた。白濁の独特の味と匂いに混ざって血の味がする、吐き出すことも出来ずにそれを飲み込んだ俺を見て、瑠夏は満足そうな表情をしている。この男にとって、今の行為に何か意味があるのだろうか。

「まぁキミのことは結構気に入ったし、ちょうどいいか」
「アンタ、さっきから何を……っ、あ!」

ずっ、と、唐突に瑠夏は抽挿を始める。少しずつ激しくなるその動きは、ひきつるような痛みと強い圧迫感を俺に与えた。苦しさにシーツを握って耐えていると、体の奥からむず痒いような感覚がせりあがってくる。覚えのあるそれに俺は歯を喰いしばって耐えようとするが、どうしても口から小さい喘ぎが漏れてしまう。

「く、ぁ……っ、はぁ……!」
「いいな、その悔しそうに耐える表情……本当に、そそられる」
「……っく、止め、ろ……あっ、あ……!」
「……駄目だ、一気にいくよ」

その言葉通り激しくなる行為に、俺はもう声を抑えることも出来ず揺さぶられるままに喘いだ。俺のものもすっかり勃ち上がってしまっており、それが瑠夏の腹に擦れ、そのまま熱を吐き出してしまう。俺と奴の腹や胸に、出した白濁がかかってしまう。

「あーあ……キミ、これ後で舐めてくれよ?」
「誰、が、あっ、あぁ!」

瑠夏が俺の体を抱え、無理矢理自分の上に座らせてくる。後ろから抱き締められるような体勢で貫かれると、ちょうど中の一点に当たってしまい、またすぐに自分のものが昂ぶっていくのがわかった。
ふと、視線の先に見張りをしているはずの2人が映る。そいつらは廊下へ向けていたはずの視線を俺たちへと向け、熱い欲を宿した瞳に俺を映していた、まさか俺の姿を見て欲情でもしているのか。ぞわりと悪寒が走る、ゲリラの時のように男たちの慰み者になるのは御免だ。

「ん……?お前達、何を期待してるんだ?」

瑠夏が2人へ向けて言葉をかける、そこには呆れたような嘲りが含まれているように感じた。後ろから俺を突き上げながら瑠夏は首筋に唇を寄せ、そのまま加減せず噛み付いてきた。見なくても出血するくらいの傷になっているだろうことがわかる。今度はそこを舌で舐められ、痛みとくすぐったさに声を上げてしまう。

「っ、あ……」
「駄目だよ、JJはボクがもらったんだから……なぁJJ?」
「な、に、言って……あ、んっ!」
「キミ、人を殺したことがあるだろう?」

耳元で、俺にしか聞こえない位小さく囁かれた言葉にびくりと肩が揺れる。ゲリラ時代の事は警察にも話していないし、そもそもこっちに戻ってからは人殺しはしていないのに、どうしてこの男はそんな言葉を口に出来るんだ。瑠夏は楽しげに笑いながら俺の首筋に何度も口付けを落とし、吸うようにして赤い跡を残していく。これが所有の証とでも言うかのように、何度も、何度も。

「なん、で……」
「やっぱり。大丈夫、警察は気付いてないさ。キミの目や態度、あと……」

体中に未だ薄く残る傷跡にゆっくりと指を這わせながら、瑠夏は尚も耳元に囁いてくる。息が耳に触れ、ぞくりと体が小さく震えてしまう。

「あ、あ……」
「平和に生きてきたのならつくはずのない傷と、こういう行為に慣れているってところから推測してカマをかけてみたんだけど……当たっていたみたいだね」
「あっ、あぁ……っ!」
「……だったら、わかるよなJJ?ボクは知ってしまったんだ、キミの罪をね」

瑠夏は脅迫めいた台詞を吐いた後、俺の耳を甘噛みした。その感覚にぞくぞくと背筋を震わせる俺を奴は下から激しく突き上げ、そのまま最奥へと熱を注ぐ。

「っ……は……」
「うあ、あっ……」

瑠夏のものが抜けていくと、中に出されたものがどろりと流れ出してくる。ぐったりとしたままそこに視線をやるとその白濁に鮮血が混じり、出来損ないのピンク色になっていた。瑠夏はベッドへ倒れ込んだ俺の耳元へ口を寄せ、小さく囁いてくる。その表情はまるで新しい玩具を手に入れた子供のように、無邪気な残酷さを秘めているように思えた。

「なぁJJ、キミの出したものがボクの体についてしまっているんだけど」
「……っ……」

はっきりと言わなくても従わせる自信があるのだろう、しかし俺にとって今更人を殺したことががばれたところでどうでもいい話だ。最悪死ぬことになるかもしれないが、その前にこの男のプライドを折ってやるのも悪くない。

「…………」
「それで反抗してるつもりか?もっと徹底的に屈辱を与えて欲しいかい?」

逆らうな、逆らうなと、頭の中でさらに警鐘がうるさく鳴り響く。決して口だけではない、この男なら俺の精神も肉体も徹底的に貶めることが出来てしまうのだろう。ボロボロに嬲られ自分の言葉に逆らう気など起きないように、それは死ぬより恐ろしい苦痛に思えた。俺は無理矢理体を起こし、瑠夏の正面に膝をつく。上から満足そうな笑い声が降ってきて、俺は舌打ちしたい気持ちをどうにか抑え込みその体に舌を這わせる。

「……ん……はぁ……」
「ふふ、いい子だ」

瑠夏の大きな手がくしゃりと髪を撫でてくる、まるで慈しむような触れ方に何故か鼻の奥がつんと痛んだ。無理矢理人を従わせておいてそんな風に触るな、わけがわからなくなってしまう。俺はその感情を振り払うために、目の前の体へ必死に舌を這わせた。視界の端で瑠夏のものがまた昂ぶっていくのが見えたが、思考から追い出し言われた通り瑠夏の体についた白濁を舐め取っていく。

「うん、綺麗になったよ……じゃあ次は、何をしてくれるんだい?」
「……悪趣味だな」
「でも、キミはそれを受け入れているだろう?」
「…………」

そうさせているのは誰だと思っているんだと、心の中で悪態を吐きながら瑠夏の肩に手を置き、自分から奴の昂ぶったものへ腰を沈めていく。先程まで飲み込んでいたそれは、すんなりと俺の中へ入り込んでくる。

「く、あ……あ……」
「いいな……キミは本当にいいよ。本格的に気に入ってきた」
「何、言って……っ、はぁ……」

ようやく全てを飲み込み終え深く息を吐いた俺に、また瑠夏が手を伸ばし髪を優しい仕草で撫でてきた。その手を押し返すと、瑠夏は少し不思議そうな表情で俺を見てくる。視線を逸らしてから、瑠夏の肩に手を置き直し力を込めて腰を浮かし、沈める。自分が主導で行っても体が受ける刺激は変わらず、気を緩めれば膝が崩れそうになってしまう。

「あ……ん、は……」
「ほら、折角自分で動いてるんだ、キミの気持ち良い場所があるだろう?」
「知る、か……っ」
「もう忘れたのか?仕方ないなあ」

瑠夏が俺の腰に手を添えそのままギリギリまで浮かせてくる、制止の言葉を紡ごうと口を開いた途端深く貫かれ、中の一点を強く擦り上げた。声も上げられないほどの衝撃に、俺は力なく瑠夏へと倒れ込んでしまう。耳元に楽しげな笑い声が聞こえたが、文句を言う余裕はなかった。

「っ……くぅ……!」
「ははっ、気持ちよすぎたかい?すっかり腰砕けだ」
「うる、さい……」
「場所はわかっただろう?後は自分でね」

そう言って瑠夏は本当に俺の腰から手を離してしまう。この状態の俺を見て尚、自分でやらせようというのかこの男は。小さく舌打ちをしてから肩に置いている手に力を込めるが、まだ快感の余韻が引かないのか腕がぶるぶると震えうまく力が入らない。息を吐いてどうにか自分を落ちつけようとするが、全身を痺れさせるような衝撃を受けた体は熱を上げていくだけだった。

「……っ」
「JJ、動いてくれなきゃボクが気持ちよくなれないよ」
「わかって、る……は……んっ」
「……じれったいな……それならJJ、上手におねだり出来たら許してあげるから、やってごらん?」
「なっ……」

これ以上俺に何をさせる気なんだと見上げた先の瑠夏は、妖しく笑いながら俺を見つめている。
まだ、足りないのだ。この男は俺の全てを支配しなければ気が済まないのだろう、体はもとより心すらも、自分へ従属させるつもりなのだ。そのために最後は自分から言わせたいのだろう、瑠夏が欲しい、と。

「それとも、彼らも混ぜた方がキミは燃えるかい?JJがどうしてもと言うなら、ボクは構わないけれど」

瑠夏が俺の後方へと目をやる、そこには見張りをしている2人組が居るはずだ。後ろから小さく唾を飲む音が聞こえ、俺は焦って首を振る。

「いや、だ……」
「なら、どうする?」

瑠夏はこの状況を楽しんでいる、俺がどうすれば言うことをきくかわかっていてわざと俺に選択権を委ねるいやらしいやり口で。多分俺がそれに頷いたとしても本当に構わないのだろう、どちらでも屈辱を与えられることに変わりはないのだから。
瑠夏の首筋に顔を寄せ、自分でもわかるほど苦々しい声で望みの言葉を紡ぐ。

「アンタの、だけが……欲しい」
「欲しい、か……どんな風にしてほしいんだ?」
「っ…………アンタの好きに、して、くれ……あ、あぁ!」

繋がったまま体を倒され、俺の脚を抱え上げた瑠夏は性急に抽挿を始める。俺は瑠夏にしがみつきその行為に耐え、必死に声を抑えるよう努めた。ギシギシとベッドが軋んだ音を立てる、今更ながらにどうして誰もこの音や俺たちの声を聞きつけてこないのかと疑問がわいてくる、が、その思考はすぐ激しい揺さぶりにかき消されてしまう。

「少しずるい言い方だけど……っ、ボク好みの回答、だな」
「ん、あ……っ、は、あ……!」
「望み通り……ボクの好きに、させてもらうよ……っ」

前を握り込まれ、思わず瑠夏の背中へ爪を立ててしまう。それすら瑠夏には興奮材料になるらしく、俺のものを擦りながら中を深く貫いてくる。すでに昂ぶっていたそれは、前後の刺激ですぐ昇り詰めてしまった。そうして俺たちはほとんど同時に熱を吐きだす。

「あぁ……っ!」

達した快感に体の芯が痺れ背中が仰け反る、視界が眩み、俺の意識はそのまま沈んでいった。








目覚めは最悪だった、体中の痛みに自分が何をされたかを思い出してしまったからだ。なんとか体を起こし独房の中を見渡すと、同室の奴らの姿はなくベッドに膨らみすらない。
時間はすでに夜になっていた、幸いにも服は着させられていたのでベッドを降り檻の向こうを見る。周りからは小さくざわめきが聞こえているので、どうやら全員がどこかに行ったということではないようだ。なら何故ここには俺以外の奴が居ないんだろうか。
考えを巡らせていると、突然周囲のざわめきが止む。次いでここに来た時に聞いていた耳障りな金属音が廊下の向こうから響いてくる。それはまるであのときの繰り返しのようにこの独房の前で止まり、俺につけられた番号を呼ぶと、手錠をつけられる。どうやら俺は独房を移ることになったらしい。先程までの騒ぎがばれたのか、だが正直あの男の元から離れられるのなら俺としては願ったり叶ったりだ。

「……同じ独房の奴らは?」

俺の質問に、刑務官は顰め面で口を開き、奴らは懲罰房に居る、と教えてくれた。俺にも同じ咎めがないのを不思議に思いながらも、おとなしく刑務官について歩いていく。すると独房の集まっている場所からどんどんと離れていき、長い廊下を歩いた先の奥まった場所にある特別に設えられたような独房の前で奴は足を止めた。
虫の知らせ、とでもいうのだろうか、俺は、まるで今から肉食獣の巣に放り込まれるような危機感を覚えた。そうして多分それは間違っていないのだと、確信できる。
どれだけ騒いでも様子を見にも来なかった刑務官たち、俺だけが懲罰房に送られなかった訳、そして、
昼まで寝ていることを、咎められなかった男。
開けられたドアの先で、大柄の人物がベッドに腰掛けている。やわらかく揺れる金髪に、細められた碧眼、愉快そうに歪められた口元から覗く尖った犬歯、俺はあのときその男を、ライオンのようだと例えた。

「やあ、JJ。これからは2人部屋だ、よろしくな?」

手錠を外されても動けない俺の背を刑務官の奴が押し、無理矢理中へと入らされる。後ろで鍵が閉まり、去っていく足音がどんどん遠くなっていくのを、俺は絶望的な気持ちで聞いていた。

「なん……で……」
「2人がJJにやんちゃをしただろう?このままだとまずいからって、ボクがJJと2人部屋にしてくれって頼んだんだ。結構融通を利かせてもらえるからね」

この男は、瑠夏は、一体何を言っているんだ。融通を利かせるにしたって、この待遇はおかしいだろう。こんな、他の独房から遠く離れた場所に、何をしたって声すら届かない位遠くにある独房に、俺と瑠夏だけが入るなんて。
一歩後ろへ下がると、すぐ檻にぶつかってしまう。瑠夏は、まるで舌なめずりする獣のように唇を濡らすと、また口を開いた。

「キミはもうボクのものだよ、JJ」
「……っ」
「血の誓いも交わしたんだ、ここを出ても、ボクからは逃げられない」

その視線に囚われてしまい、もう一歩も動くことは叶わなかった。瑠夏がゆっくりと近付いてくるのを待つことしか出来ない俺は、きっとこのまま喰い尽されてしまうのだろう。

瑠夏の手が顔のすぐ横に置かれ、ガシャンと後ろの檻が鳴る。
それは、きっと絶望の始まりの音だ。