HALF BITTER CHOCOLATE
その男に見付かったのは、果たして偶然だったのか。
「っ、ん……何だ、もう終わりか……?」
萎えたものが俺の中からずるりと抜けていく、散々搾り取ってやったからか後孔から漏れだすものの量は少ない。肩で息をしながら、もう勘弁してくれと口にした男達に向けて舌打ちをする。求めてきたのはそっちだというのにもうギブアップとは情けない、約束の報酬だとデータの入ったメモリーカードを俺に手渡すと、そいつらは逃げるようにして去って行った。
まだ、足りない。火をつけられた身体の疼きは治まらないままだ。
「っ……あ、ん……」
男達の残したものを全て出そうとすっかり潤んだ後孔へ指を入れ少し乱暴に掻き回す、つい声が漏れてしまうが知ったことか、どうせこんな裏通りにはめったに人は来ない。
……いや、来てくれた方が好都合か。この飢えを満たしてくれる存在なら誰でもいい、自分を安く売るつもりもないが、中途半端にされた身体は理性より本能を優先させてしまう。
「あぁ……っ、は……!」
ぐちゅぐちゅと派手に音をたてながら、すでに目的が変わってしまっている指の動きを執拗に続けた。本数を増やしても足りない、足りない、足りない、足りない。じりじりとした焦燥感だけが増していく。
ふいに聴こえた足音に視線だけをそちらへ向ければ、下卑た笑いを浮かべながら俺を見ている男。
「んっ……もっと近くに来たらどうだ?」
指を抜きわざと挑発的に笑いかけてやれば、男は笑みを消しごくりと唾を飲んだ。しかしそれ以上踏み込んではいけないと、足りなそうな脳が判断したのか奴の足は縫い止められたかのように動かない。
「あっ……ん、ん……っ」
俺は興味を無くしたように視線を逸らし、また後孔へと指を深く突き入れる。ジャリ、と靴底がアスファルトを擦る音がした。声を殺さず見せ付けるように抜き挿しを繰り返せば音はどんどん近くなっていく、男の影が俺へと落ちた瞬間視線を上げその身体へ触れる。すでに反応を見せているものに触れながらベルトを外し昂ぶりを取り出すと、それを口腔へと招き入れた。男の手が俺の頭を掴み腰を押し付けてくる、マテの出来ない犬のようだなと内心で嘲りながら舌と唇で刺激してやれば、それはすぐびくびくと苦い味の先走りを漏らし始める。
「ん……っ、ふ、ぅ……」
手の力が強まる、男が身体を緊張させたところでその腕を上へと捻り口腔から昂ぶりを追い出した。目を白黒させている男の耳元へ顔を寄せ「欲しいか?」と囁く。「どうせ大した情報は持ってないだろ?なら、金だ」と告げるが状況を把握出来ず口ごもっている男に苛立ち、昂ぶりを掴み痛いくらいに強く擦り上げてやる。それでも吐き出せはしないよう握ったまま、今度は甘い声で囁いた。
「だが俺を満足させたら、金もいらない……試してみるか?」
男の瞳が期待に揺れたのを、俺は見逃さなかった。
「あっ!ん、く……っ!」
中を擦り上げる熱に、喉の奥から声が上がる。強めに締め付けてやればその動きは速まった。肩に置かれた手に力がこもり、一層深く奥を抉られる。
「あぁっ!は……っ」
腹の奥に熱が注がれる、すぐに中から男のものが抜けていく。まさかもう終わりとでも言うつもりか、そう思ってすぐ身体を壁へと押さえ付けられ、後ろからまた昂ぶりが入り込んできた。
「く、ぁ、あ……っそう、まだ……もっと、だ」
当たる角度か変わったことでまた身体は疼き始める、激しくなっていく動きに自分の中の熱が高まっていくのを感じる。しかしまだ足りない、満足には程遠い……いっそ、壊れてしまうくらい激しくされたいとすら思うのに。
「面白そうなことしてるね」
唐突に割り込んできた部外者の言葉に、俺は不快そうに眉を寄せ声の方へ視線を向ける。男も同じようにその部外者を見たのか、びくりと身体を緊張させいきなり俺の中から昂ぶりを抜いた。突然の事に、身体がガクリと崩れそうになる。
「んぁっ……お、い……」
ひっ、と喉を鳴らし慌てた様子で身形を整えるのもそこそこに、逃げるように走り去っていく男を見て、これはデジャヴというやつかと溜息を吐いた。いや、金すら貰ってない分先程より質が悪い、中途半端に昂ぶらされた身体をどうにか支えながら、そんな状況を作り上げた男を睨み付ける。
「あーあ、何も逃げることないのに……ねぇ、キミもそう思うだろう?」
「……」
肩を竦め、やや大袈裟なリアクションをとりながら俺へ笑いかけて来た男は、この辺りではあまり見ない容姿をしていた。陽に透けそうな柔らかい金の髪、堀が深い整った顔、笑みの形をとった口にはちらりと尖った犬歯が覗いている。少し遠めだったからわからなかったが、傍に来られると自分よりずっと背が高い。体格に見合った筋肉もついているようで、まるで彫刻のようだとすら思う。
浮かべている笑顔と、ふわりと漂う花のような香りが厳つさや威圧感を緩和させているのか、近付かれても先程の男が逃げていくような理由があるとは思えない。見た目だけでは窺い知れない何かがあるのかと真意を探るよう金髪の男を睨みつけたが、よりやわらかい笑みを向けてくるだけだ。
「アンタは、何者だ?」
「ボクかい?ボクは瑠夏・ベリーニ。キミは……ふふ、当ててみようか?」
「は……?」
「デスサイズ。そうだろう?」
俺が目を見開くと、瑠夏は楽しそうに笑った。何故そんな簡単に正体がバレたのか、名は有名だとしてもそこまで顔は割れていなかったはずだ。先程のような取引の際に、デスサイズの名を出す事は無いのだから余計に。
瑠夏の手が俺の頬に伸びる、熱を孕んだ指先が頬を撫で、次いで唇をなぞっていく。たったそれだけの動きに身体はぞくぞくと反応した、何だろうかこの感覚は。知らない、感じたこともないようなそれに、つい必要以上に身構えてしまいそうになる。飲まれては負けだと、必死に言い聞かせて口を開く。
「……だったら、何だ」
「名前は?」
「……名前?」
「そう名前だよ、デスサイズは通り名だろう?」
人の話を聞いているのかいないのか、微妙な問いかけをしてくる瑠夏。それとも自分が名乗ったのだからこちらも名乗れとそういうことだろうか。微笑んでいるが底が知れない、何が正解で何が間違いなのか、俺はこの男に対して計りかねていた。
「……JJ、だ」
「JJ?へぇ……」
偽名か何かだと思ったのだろうか、瑠夏の瞳が少しだけ鋭くなる。嘘を吐く気は無い……そもそも、この短いやり取りでその類が通用しない人物だろう事は窺えた。正しさを欲しているのではなく、自分の求めに応えない事が許せない、瑠夏はそんな男であるように思う。
唇に触れていた指が顎のラインをなぞり、喉をついと滑っていく、そして今度は全ての指で首の後ろを撫でた。
「っ……何の、つもりだ」
「さっきのは、キミの恋人……じゃ、ないよね。仕事相手ってところかな」
「アンタのせいで逃げられたがな」
「そんなつもりは無かったんだけどなぁ……でもそうだね、なら、償いをするよ」
俺の後ろ髪をくるくると弄びながら、ふ、と雰囲気を変えて瑠夏は距離をさらに詰めてくる。ぞくり、と身体が何かを訴えてきたが、無視して瑠夏を見つめ返した。至近距離から覗きこまれた瞳は射抜くような強い色を秘めている、しかしその青を、俺も逆に覗きこむ。
「情報?お金?どちらでも好きな方をあげるよ。代わりにキミを抱かせてくれるならね」
「……アンタ、どこから聞いて、」
「あぁ……でもキミを満足させたら、どちらもいらないんだっけ?」
からかうように笑う瑠夏に、俺は軽く舌打ちをする。まるで先程来たばかりのように思っていたがそれは違った、この男はそれより前から俺たちの事を見ていたのだ。気配を消し、自分のつけいる隙を見極めた上で声をかけて来たのだとしたら……本当に食えない男だ。触れていた手を離し「おいで」と俺に告げてから背を向けて裏路地から大通りへと歩いていく。こちらをデスサイズと知って尚簡単に背中を見せる、抜けているのでなければ俺が銃を抜くより早く俺を殺せると自負しての事だろうか。
広い通りに出る建物の角から、一人の男が姿を見せる。硬質で薄い茶の髪、姿勢が良くまるでお手本のように正しい立ち居振る舞いで、男は瑠夏を迎えていた。護衛か、だとすれば瑠夏は立場のある人物のようだ、人の上に立つことに慣れているのだとすれば先程の振る舞いも頷ける。ボス、とその男は瑠夏を呼んだ。あまり聞かない敬称だが、一体瑠夏はどんな立場の人間なんだろうか。
しかしそういった人物と繋がりを持つのも悪くは無い、何かしらの組織のトップには、自然と情報も金も集まるものだ。逃げるべきか迷っていたが、俺はそのまま瑠夏の誘いに乗る事に決めた。
「……?後ろの者は……?」
「ん……あまり耳触りのいい話ではないのだけれど……」
瑠夏の声のトーンとボリュームが落ちる、先程あった事をそのまま話すのかと思っていたが、ギリギリ俺に聞こえる程度の声で話し始めた瑠夏の言葉は、当事者である俺すら初耳の、
「さっき例の裏切り者を見つけてね、それが……彼を、無理矢理犯している場面だった。発見がもう少し早ければこんなことにはならなかったというのに……ボクの失態だよ」
「っ……!いえ、そんな、ボスのせいでは……!」
「いや、奴を逃がしてしまったボクの……ボクらの責任だ。何の罪もない彼を巻き込んでしまった、せめて手厚く保護してあげたい」
「……っ……わかり、ました。では、車に」
真っ赤な嘘だった。
そいつらの住んでいる家とやらに着いて、俺はいよいよこの男……達の素性がわからなくなった。立派な門の向こうには一体何十人が住めるのかという広さの屋敷、扉を潜り中へと足を踏み入れれば、汚すのを躊躇われる立派な絨毯やあちらこちらに嫌みなく置かれた豪華な調度品の数々が目に飛び込んでくる。つい幾らかかっているのかを考えてしまいそうになり、止めた。きっと生きているのが嫌になってしまいそうな程桁違いの品々に違いない。
「彼はボクの部屋で手当てをするよ」
「では、自分も」
「いや、キミは逃げた裏切り者の行方を追ってくれ。人はつけているが長く泳がせない方がいい、また……彼みたいな人が出ないためにも、ね」
「しかし……その……っ」
素性の知れない奴をボスと2人にしたくないのだろう、せめて他に人をと尚も食い下がる奴に、瑠夏は諭すように説得を続けている。しかし先程の瑠夏の話は真っ赤な嘘だとしても、この男の態度は気に食わなかった。本人にそんな気は無いのかもしれないが、俺を見るとき、瞳には僅かな蔑みが浮かぶ。潔癖なのかもしくは馬鹿らしい嫉妬の類かは知らないが、そうして視線を向けられる度に苛立ちが募っていった。
汚してやりたい、お前も所詮ただの雄だということをその身体に教え込んでやりたい。不格好に腰を振り、蔑んでいた俺の中に欲を吐き出させ、己に失望する様を見てみたい。嗜虐心に身体がぞくりと疼いた、瞬間、瑠夏が俺の腕に触れる。
「――っ……」
「駄ぁ目……ほら、ボクの部屋に行こう……ね?」
何とか霧生を説得……というよりは、言い包めたのか未だ納得しきっていない様子の霧生を置いて、俺の腕を掴んだまま瑠夏は屋敷の奥へ進んでいく。
あのタイミングで声をかけてきたのだ、俺の思考に気付いていたのだろう。「あれはアンタのお気に入りか?」と問えば、あっさりと「あぁ、だから苛めないでやってくれよ?」と言葉が返ってきた。その口ぶりからして、「お気に入り」はあの男だけではないのだろう、それを知っているからこそあいつも先程のような態度をとっていたのか。
しかし同情するようなことではない、気の多い男である事は少しでも瑠夏に関わればわかることだ。それを本人でなく周りに当たり散らす奴の方が寧ろ厄介だろう。まぁ、惚れた相手が悪かったのだと諦められるほど器用には見えなかったが。
「もしかして、霧生を気に入ったのかい?」
「……アンタは、どう思う?」
「んー……そうだなぁ、それでも面白いけれど」
瑠夏は今まで通ってきた中でも一層重厚な扉の前で足を止めると、俺へと向き直り身を屈め頬へと口付けてきた。その一連の動作からも、瑠夏がこういった事に慣れていると教えてくる。唇が離れた瞬間、また甘い香りが鼻をついた。
「今は、ボクだけを見ていて欲しいな。ボクだけを求めて、ボクだけを感じて」
「くっ……案外ロマンチストなのか?瑠夏・ベリーニ」
「瑠夏、でいいよ。だって折角愛し合うんだ、お互い一番気持ち良い方がいいだろう?」
愛し合う、とはまた大げさな表現だ。今から俺たちがする事はただの性欲処理で、更に男同士ならば何の生産性もない無意味なものだろう。そこに何の感情も挟む必要はないし、ましてや愛なんて、
「くだらない、って思っただろう」
「……アンタは、エスパーか何かか?」
「まさか。ただキミは、きっと自分が思っている以上にわかりやすいよ」
そうして今度は瞼に口付けを落としてきた瑠夏は、俺の手を引いたままその扉を開け室内へと入っていく。ここが瑠夏の自室なのだろう、部屋はその人の心を表すのだといつか誰かから教わったが成程、こうして見れば確かにここは先程までで知った瑠夏そのもののように思う。趣味良く配置された調度品には隙がなく、かといって威圧感や嫌味な感じを与えない。いっそ腹立たしいほどに。
「それで、どこでするんだ?」
「ははっ、せっかちだなぁ。こういうのはじっくり楽しまないと」
そう笑いながら革張りのソファーに身を沈めた瑠夏は、俺をその正面に立つよう指示した。これはあくまで50:50の取引であって、片方が何かを命令するような立場ではないのだが……まぁいい、不必要に機嫌を逆撫ですることもないだろう。俺は言われたとおりに瑠夏の前に立つと、今度は服を脱ぐよう告げられる。
「おい……アンタ何がしたいんだ」
「いいじゃないか、少しくらい付き合ってくれても」
少し低い位置から俺を見上げる男の目はやたらと楽しそうだ。溜息を吐いてからコートとインナーを脱ぎ上体を晒す、ベルトに手をかけたところで今度は瑠夏が「待った」と俺の手を掴みその動きを止める。
「……今度は何だ」
「上だけでいいよ、とりあえずね」
「っ……!」
突然腕を強く引かれ、俺は瑠夏の上へと覆い被さるようにしてソファーへ膝をついた。胸に瑠夏の髪が触れ、くすぐったさに身を捩ろうとすれば突起がぬるりとしたものに包まれる。バランスを取るため瑠夏の肩に置いていた手に、つい力がこもった。
「んっ……あぁ、もう立っている……敏感だね」
「っ、く……アンタのせいで、おあずけをくらったからな」
「……そうだったね、さっきの奴にも、ここ」
「あっ……!」
舌先でぐりぐりと押し潰され、思わず声が上がる。両手は俺の肌を煽るように撫で、その巧みな愛撫に身体の芯はあっというまに火をつけられてしまった。片方の手が背中から胸へと移り、口で触れているのとは逆の突起を指の腹で捏ねまわしてくる。
「沢山、弄られた?」
「は、ぁ……っ、どう、だろうな」
「まぁ、言わなくてもわかるけれどね……ん……さっきのキミ、あまり気持ち良さそうじゃなかったから」
「は……?っ、う……ぁ……!」
瑠夏の膝が、反応し始めていた俺のものをゆるく押してくる。布越しに擦られれば、想像以上にそこが固く昂ぶってしまっていたのがわかった。びく、と身体が跳ねる、3ヶ所同時に快楽を与えられるのはこれが初めてではないのに、瑠夏の触れ方は俺の知る以上の快感を与えてくる。
俺も動かなくては、と思うのに、下手に動けば膝が崩れてしまいそうだった。されるがままは性に合わない、手をしがみつかせたまま瑠夏の首筋に顔を寄せそこに口付けを落としていく。
「ほら……ね、さっきより、ずっと良い表情をしてるよ、JJ」
「アンタ、随分……っ、慣れてるんだな。んっ、確かに、さっきの奴よりずっと、いい……あっ」
「当り前だろう?ボクはキミを気持ち良くしてあげたいんだから」
そう言いながらも、瑠夏は直接昂ぶりには触れてくれない。焦らすのが好きなのだろうか、だとすればあまり良い趣味とはいえない、獣のようにがっついてくる方がまだやりやすいというのに。
自分ばかりが溶かされていくような焦燥感、なまじ行為に手慣れている分こうして触れあっていく内に俺の感じる場所を探り当てられ、快楽はその量を増していく。
下着が先走りで濡れていくのが気持ち悪い、まだ触れられてもいない奥が酷く疼き始める。その全てを先程中断させられた行為の名残と言うには、瑠夏の与えてくる感覚に俺は反応し過ぎていた。
「瑠、夏……も、いい、俺ばかりじゃ、っ、不公平、だろう」
「んー?……いや、まだいいよ。まずはキミをめいっぱい、ドロドロに溶かしてあげる」
妖しくそう囁いた瑠夏の表情だけで、身体は妙に昂ぶっていく。飲まれるな、飲まれるなと必死に言い聞かせるが、その感情に逆らうよう瑠夏の舌が触れる度意識は溶けていくようだった。
「あぁそうだJJ、もしキミを満足させたら、ひとつボクのお願いを聞いて欲しい」
「っ、ん……交換条件、か?」
「そう。キミが勝ったら情報でもお金でも、好きな方を与えてあげる。その代わり、ボクが勝ったらキミはボクの願いを叶えてくれ」
「あぁ……アンタが俺を満足させてくれたら、な……っあ……!」
そうしてまた瑠夏は、胸への執拗な責めを繰り返す。膝で昂ぶりを擦られる度全身は大げさに跳ねてしまい、余裕のなくなっていく自分に気付かされるのが嫌だった。しかし身体を逃がす事は出来ない、この男も簡単には逃がさないだろうことは容易に想像がつくし、何より、
そうした瞬間、俺はこの男の与える快楽に負けてしまうだろうと、感じて。
「く……っ、あ……!」
「あぁ、もうイきそうだね……ここ、すっかり染みになってるよ」
「っあ!……は、アンタは、こういうのが趣味、なのか……っ?」
「嫌だなぁ、人を変態みたいに……キミがちゃんと素直になってくれれば、もっと気持ち良くしてあげるよ」
言葉を途中で切ったかと思えば俺の耳元へと唇を寄せ、吐息を吹き込むようにして低く囁く瑠夏。その甘い言葉にくらりと酔いそうになるのを必死にこらえ、「言ってる意味がわからない」と返せば瑠夏は「強情だな」とどこか楽しげに呟いてから唇をまた胸へと滑らせた。
ただ先程までと違うのは、膝が離れ胸だけを集中的に刺激されるようになった事だ。ぞくぞくと湧き上がってくる快感は止まらない、思惑に気付き身を捩れば、瑠夏は暴れちゃ駄目だよと先程外したマフラーを手に取り俺の両腕を後ろで括ってしまう。
「止め……っ、悪趣味だっ、んぁ……!」
「ここだけでイったことは無い?でも不思議だな、行為には慣れているみたいなのに、どうしてこの程度の事にそんな怯えるんだい?」
「っ……!」
「何かが変わってしまいそうで怖い?一方的に快楽を与えられるのは怖い?キミは自分も相手に快楽を与えることで、どうにかバランスを保っているんだろうね」
違う、違う、俺には何もない、だからバランスなど保つ必要がない。身体を開き、次の瞬間自分を抱いていた相手を殺しても心は揺れず何も残らない。
何も知らないアンタに知ったような口をきかれるのは不愉快だと、そう告げたいのに唇は痺れたように動かなかった。代わりに喉の奥から押し出される喘ぎは、耳障りな程に甘くなっていく。
「あっ……!い、やだ……っく、あ……!」
「あぁ……声が変わったね。すごく甘くて、耳が蕩けそうだ……」
「瑠夏、も、無理、だ……っ、あ、あっ」
ぶるぶると、身体は決定的な快感を求めて震える。しかし瑠夏はいくら懇願しても胸以外の刺激を与えてはくれなかった。それでもそこから生まれる快楽はゆっくりと、だが確実に俺を追い詰めていく。瑠夏の犬歯が軽く突起を掠めた瞬間刺激は僅かに鋭さを増し、それが最後のひと押しになった。
「う、あ、あぁあ……っ!」
昂ぶりはそのまま下着の中で弾け、どろりとした生温かい液体を漏らしてしまう。いつも以上に強い射精の脱力感に、ぐらりと揺れた身体を瑠夏が支えてくれた。また甘い香りが、俺を包む。
「気持ち良かった?」
「は、ぁ……っ、見れば、わかるだ、ろ……」
「そうだなぁ……もっと欲しい、って顔してる」
瑠夏の手が背中を撫で、ズボンの隙間から手を差し込むとゆるく腰回りをなぞってくる。自然と腰が浮いてしまい、瑠夏の手が更に深く入り込んできた。双丘の間を指でつい、となぞられれば、くすぐったさとは別の感覚に身体が支配される。
「っ……ん……」
「JJ、わかってる?キミ、自分から腰を揺らしてるよ」
もう少しで触れて欲しいところに届く、その思いが無意識に瑠夏の指の動きに合わせるよう腰を揺らしていた。両腕を縛られているせいでバランスの取れない身体を瑠夏に預け、首元でもぞもぞと動きながら俺は口を開く。
「お、い……やるなら、さっさと……っ」
「……なぁJJ、ここ、別の奴のものが残っているだろう」
俺の首筋を甘く噛みながら、瑠夏は一層低い声で囁く。温度のない、初めて聞く瑠夏の声。指はギリギリのところをぐいと押し、やはり直接触れようとはしない。
「く……ぁ……っ」
「ここ、埋めて欲しいだろう?足りないものを満たして欲しいだろう?」
「あっ……何、言って……」
「なら……他の奴の匂いを全て、落としておいで。ここも綺麗に洗って、少しだって名残のないように」
瑠夏は俺の腕を解き無理矢理立ち上がらせると、先程脱いだ服を丁寧に着せてきた。扉の前まで歩かされると、瑠夏が後ろから強く抱きしめ身体を密着させてくる。腰の辺りに固いものが当たるのがわかり、それが瑠夏のものだと意識した途端身体はぞくりと震えた。
バスルームまでの道のりを簡単に告げてから最後に、「嫌なら、逃げてもいい」とだけ囁き、俺を部屋から出した。閉められた扉を振り返ることなく、俺はふらふらと、教えられた通り廊下を歩いていく。
何を自分に言い聞かせても、きっと無駄だ。ならせめて、最初の事だけ忘れなければいい。
満足しなければ、俺の勝ちだ、と。
普段は適当に済ませているのもあって、久々に長風呂をしたことで少し湯にあてられてしまった気がする。瑠夏に言われた通り全身を洗い、中も、綺麗にした……つもりだ。正直あまり続けていては妙な感覚が湧いてきそうで、それ程時間をかけてはいない。だが充分だろう、置いてあったバスローブを羽織り来た道を戻っていく。扉の前で躊躇しそうになる気持ちを抑え、ノブを回し部屋へと足を踏み入れた。
「……?」
そこに瑠夏の姿は無い。部屋を見渡していると奥の……寝室だろうか、から俺を呼ぶ声がした。声の方へ向かうと瑠夏はゆったりとベッドに横たわりながらウイスキーのフラスクを傾けている、余裕の風格に気押されないよう視線を外さず、ゆっくりとベッドに近付いていく。
「服を脱いで、ベッドにおいで」
「……あぁ」
バスローブをするりと脱ぎ、一糸纏わぬ姿のまま一人で眠るには広すぎるベッドへと身体を乗せた。瑠夏の傍へと身を寄せると「脱がせてくれるかい?」と強請られたので、言われた通りまず上を脱がせ、それからベルトへと手をかける。前をくつろげてからまだ反応を残している昂ぶりを取り出し、それを咥えた。
「ん……っ、ふふ、積極的だね」
「ふっ、んぅ……さっきの、お返しだ」
自分のものとはサイズが違いすぎるそれを全て含む事は難しく、先を舌でぐりぐりと刺激しながら咥えきれない部分は手で上下に擦る。更に大きさを増していくそれを意識してしまえば、自然と自分の身体も興奮を募らせていった。おとなしく行為を受け入れていた瑠夏が、俺の背へと手を這わせまるで肌の感触を楽しむかのように撫で回してくる。
「っ……んんっ、ふ……」
「は、ぁ……上手いね、いいよ、JJ……」
吐息混じりの声でそう言いながら、何故か瑠夏は俺の頬に手を置くと顔を上げさせてきた。「まだだろう」と不満げに告げれば「ボクだけじゃ不公平だから」と先程の自分を棚にあげた発言をして、俺の耳元へ、上に乗って自分のものを奉仕するよう指示してくる。ボクもキミのを可愛がってあげるから、と余裕ぶった口振りにざわりと対抗心が刺激された。
瑠夏へと逆向きに覆い被さり、先程までのように昂ぶりを咥え刺激を再開する。先走りを唾液ごと塗りつけるように舌を全体に這わせるとそれはびくりと反応を返した。
「っあ……ん、む……っ」
「んっ……ふ……」
自分の昂ぶりがぬるりとしたもので包まれる、続けざまに繰り返される舌使いに流されそうになってしまうのをどうにか堪え、無理矢理咥え込んだもので口を塞ぎなるべく声を漏らさないように唇で挟み上下に扱いていく。
しかし瑠夏は俺のものを刺激しながら、落ち着いた口調で語りかけてくる。俺の行為への称賛であったり、もっとこうしてという指示であったり、自分の余裕の無さを見せつけられているようで気に食わない。
「ぐ……っ、んんっ……!」
「……うん、綺麗になってるね……奥はどうかな」
「う、く……っ、ふ!」
腰が溶けていきそうな感覚の中に、突然の圧迫感。自分の中で蠢く感覚に、遅れてそれが瑠夏の指だという事を認識する。浅い所をぐるりと掻き回した後、今度はそれを深く挿し入れられた。びく、と腰が引けてしまい、瑠夏が軽く笑った後また俺のものを咥えてくる。
「ぐっ、うぁ、あ……っ!」
「ん、ん……ほらJJ、ちゃんとボクも気持ち良くしてくれないと」
思わず口を離してしまった俺を揶揄し、2ケ所への刺激を続ける瑠夏。膝が崩れそうになるのを必死で堪えながら、俺は再度瑠夏のものを咥えどうにか対抗しようとするが、指が増やされる度奥の疼きが止まらなくなっていく。もどかしく腰が動いてしまいそうになり、それすら瑠夏に気付かれているのではないかと焦った。
「んぅ……っ、ふ、ぐ……っ」
「すごいな……キミの中、ボクの指に絡みついて離そうとしない」
「――っん!」
びくりと身体が跳ねる、瑠夏の指先が掠めた場所から全身が粟立つような快楽が生まれ、ぞわぞわとした感覚が止まらない。耐えきれず震えてしまう反応に気付かれ、瑠夏は同じ場所をぐいぐいと何度も擦り上げてくる。
「く、ぁ……っ!あっ!」
「またイきそうだ。ふふ、感じやすいねキミは」
「も、止め……っ、あ、あぁ……!」
「不思議だな……行為には慣れているようなのに、快楽には慣れていないみたいだ」
鋭い快楽に襲われる度身体に力が入り、瑠夏の指を締め付けてしまう。するとその圧迫感に精神が高ぶりより強い刺激となって返ってくる。長く骨ばった指が何度も抜き挿しされる、動きの激しさに俺はもう満足に瑠夏のものを咥える事も出来ずにいた。
「今、キミを奪ったらどうなるかな」
「っあ……!」
指を抜かれ、瑠夏はあっさりと体勢を入れ替えると改めて俺へと覆い被さり、腰を高く抱え上げてくる。昂ぶりが後孔をぬるりと滑り、思わず腰が引けた。快楽の余韻は続いたままだ、今こうして瑠夏に主導権を握られてはもう取り戻せないように感じて、どうにか瑠夏の下から抜け出そうとするが押さえつけられた身体は思うように動かない。
見上げた先の瞳は捕食者のそれだった、獲物を逃がそうとせず、優越に浸りながら貪る瞬間を今か今かと待っている。
「待、て……瑠夏、俺が、」
「駄目だ。一方的に与えられて、快楽に溺れるキミが見てみたい」
「何言って……っ、あ、止め……っ!」
ぐっと先が押し入ってくる、指とは比べ物にならない質量のそれは、しかし痛みを与えてくることなく中を埋めていった。焼けそうな程の熱さと強い圧迫感に手足は上手く動かなくなる、両足はぴんと張り、両手はシーツを強く握りしめその感覚をどうにかやり過ごそうとする。呼吸すら満足に出来ない俺の口を、瑠夏のそれが塞いだ。
「んぅ……っ!?」
「ん……キスでそんなに驚く事は無いだろう?可愛いなぁキミは」
「っあ、く、まだ、動くな……っ」
ゆっくりと中で律動を始めた瑠夏。内部を擦られる度湧き上がる疼きに飲まれないようどうにか呼吸を次ぎ身体を落ちつけようと努力するが、そんな俺を嘲笑うかのように瑠夏はぐっと奥を貫いてきた。
「あぁっ!」
「ここ、だったよね、キミのいい所」
「ひぁ、あっ!止め、っ、あ、あぁ……っ!」
びくびくと跳ねる身体、止めようもなくあっさりと限界を超えた俺は、自分の胸や腹に白濁を撒き散らした。少し高い位置に腰を持ち上げられているためか、それは顔にもかかり気持ち悪さに眉を顰める。おかしそうに笑った瑠夏が顔を近付け俺の白濁を舌で舐めとると、それだけで身体は小さく震えてしまった。
「っ、ん……」
「イったばかりだから、敏感になってるみたいだね……表情もすっかり溶けてる」
「うぁ、あ……!」
休む暇もなくまた動き始めた瑠夏に、俺はただ揺さぶられる事しか出来ない。快楽の余韻が去らないままに与えられるそれは意識をドロドロに溶かしていくように甘く、気を許せば本能のまま貪ってしまいそうになる。
歯を食い縛りシーツを掴み直した俺は、瑠夏の腰へと脚を絡ませ内部をぎゅうと締め付けた。
「く、は……っ」
「っ、この程度で……満足させたと、んっ、思ってないよな?」
「……勿論。キミをとことんまで味わうつもりだよ、まだまだ序の口だ」
「口だけじゃないって、証明してみせろよ……く、ぁ……っ」
それでも達したことで幾分冷静になった俺は、口元に笑みを浮かばせながら瑠夏を挑発する。のせられたか、それともフリか、判断はつかないが言葉を受けた瑠夏は動きを激しいものへと変えた。ぐちゅぐちゅと淫らな水音が鼓膜を揺らす、俺も合わせるようにして腰を揺らしながら時折煽るように瑠夏のものを締め付ける。
「あっ、く……は、ぁ……!」
「ん……もう、出すよ……っ」
更に奥を求めるように深く貫いてきた瑠夏は、そのまま中へと熱を注ぎ込んだ。その温度を感じながら息を吐いたのもつかの間、身体を繋いだまま瑠夏は俺を抱き起こすと今度は下から固さの失われていないそれで突き上げてくる。
「ひ、ぁ……!嘘、だろ……っ、アンタ、出したばかりで、こんな……っあ」
「キミを見てたら、興奮が収まらないみたいだ……JJ、キミもまだいけるだろう?」
「あっ!止め、触る、な……っ!」
激しい動きで突き上げられ身体を支えるので精一杯の俺に構うことなく、瑠夏は俺の昂ぶりを握り何度も上下に擦ってきた。腰を支えている手も、ただそれだけではなく妖しくそこを撫でてくる。両手を瑠夏へとしがみつかせ与えられる刺激に耐えるが、それを受けた瑠夏は腰に触れていた手を上へと滑らせ、胸の突起を摘み捏ねるようにして弄り始めた。
「っあぁ……!や、あ、あっ!」
「っ、は……JJ、そんなに締め付けないでくれよ」
「アン、タが……っあ、止めれ、ば……!」
「だって、キミを満足させるんだ……まだまだ足りないだろう?」
耳を甘噛みされながら囁かれた言葉に、またぞくぞくとした快楽が止まらなくなる。挑発したのは間違いだったかと思ってしまう程、瑠夏の欲望は底知れなく感じた。この男が満足するまで自分を保っていられるかと問われれば、すぐ頷く事は出来ない。
貪り尽くされる。感じたこともないような強い快楽に溺れ、理性は溶かされ、この獣の思う通りに乱れていく自分は容易に想像出来た。行為の中いつもどこか冷めていたはずの思考は、瑠夏の与える感覚で簡単に塗り替えられてしまう。
そうして負けを認めた所で、それを許す程この男が甘くないだろう事も、わかった。
「あっ!も、頼む、止め……っ」
「もう限界?いいよ、今度は一緒にイこう」
何回目の絶頂か、すでに回数はあやふやだった。腹の中で瑠夏の出したものが掻き混ぜられ、溢れ出していくのがわかる。とろとろと止め処なく先走りを漏らし続ける俺のものに、瑠夏の手が触れるだけで身体はびくりと跳ねた。
もう触らないでくれ、まるで全身が性感帯になってしまったかのようにどこを触られても気持ち良くて仕方ないのだから。首筋から鎖骨へ滑る唇の動きも、太股を撫でる掌の感覚も、そしてずっと俺の中を埋めたままの熱を感じる度、頭の芯が痺れ意識が飛びそうになる。
「嫌、だ……あ、あぁっ!」
「んっ……は、ぁ……」
「あ、あ……瑠、夏……も、頼む、から……」
「泣く程気持ち良かった?ふふ、目が真っ赤だ」
流れていった涙の跡を辿るように舌が這うと、また身体はぞくぞくと熱を上げていった。これ以上されては本当に身が持たない、力の入らない両手で瑠夏の身体を押し返し、腰を引きながら瑠夏のものを抜いていく。
「んっ……く……」
「もう、いいのかい?」
「あぁ、もう充分だ、俺の負けでいい……っあぁ!」
ギリギリまで抜けていたものが、また一気に根元まで埋められた。衝撃に背を仰け反らせ瑠夏の肩に爪を立てるようにしてしがみついたが、男は構うことなくそのまま激しい抽挿を始める。わけがわからず瑠夏を見ると、強い瞳で見据えられ噛みつくような口付けで唇を塞がれてしまった。
「ん、ん……っ、はぁ……でも、まだボクは満足してない」
「ひ、あ、あぁっ!も、許し、ん、うっ……」
ベッドサイドに手を伸ばした瑠夏は、茶色い固形状のものを口に咥えるとそのまままた俺へ口付けてくる。それは互いの舌の上で溶けていき、甘さと仄かな苦みに瑠夏が咥えていたものはチョコレートだとわかった。一欠片のチョコが全て溶け切ると、瑠夏はようやく唇を離してくれた。そして口の端から零れてしまった唾液とチョコの混じったものを指で掬い、そのまま俺の口腔へと含ませる。
「ほら、勿体ないだろう?舐めて」
「……っ」
「ちゃんと全部味わってもらわないと、ね?」
逆らう気力も湧かず、瑠夏の言う通りその指に舌を這わせ舐めとっていく。綺麗になった指をようやく口から抜いてくれた瑠夏は、またぐちゅぐちゅと卑猥な音を鳴らしながら俺の中を掻き回し始めた。
喘ぐ声は掠れていく、この男が満足することなどあるのだろうかと恐ろしくなる程に、瑠夏は飽きず俺を抱き続ける。そしてそれは、幸いにも俺の意識が落ちる前に終わりを迎えた。
「んっ、あ……っ」
ずっと後孔を埋めていたものが抜けていく、それでも、まだ中に瑠夏が居るような感覚があって落ち着かない。ぐったりとベッドへ身を沈めている俺の頭を撫でながら、瑠夏はさっきまでとまるで違う穏やかな声で俺へ語りかけてくる。
「JJ、ボクが何者かって、気にはならないかい?」
「は、ぁ……っ……まぁ、な……教えてくれるのか?」
「勿論だよ、これからキミが身を置く場所になるんだから」
一瞬、間抜けな声で問いかけてしまいそうになったが……賭けていたものを思い出し言葉を止めた。
それが、瑠夏の言っていた願いなのだろう。どこでどう気に入られたのかは知らないが、殺し屋である俺を飼うつもりなのだ。聞いていないと拒否する事も出来た、しかし最初に交わした約束を反故にする程には落ちぶれていないつもりだ。俺はこの男と賭けをして、負けたのだから。
そうして瑠夏は、自分がキングシーザーのボスであること、この屋敷は拠点の一つである事をつらつらと語っていく。キングシーザーという名は聞いた事がある、この一帯を取り仕切っているマフィア、その存在は大きく、移民たちを囲うドラゴンヘッドと対立しいつ抗争が起こってもおかしくないという程巨大な組織だ。
まさかそれ程の立場の人間だったとは予想していなかった、瑠夏をマフィアのボスと言われてもいまいちピンとこないというのもあるが。瑠夏は「そうは見えないって思ってるだろう」と笑い、俺の唇にチョコを押しつけてくる。甘いものはそれほど好きではないんだがと思いながらも、無理矢理とはいえ口をつけてしまったのだからと唇を開き舌の上でチョコを溶かす。
「美味しいかい?」
「……甘いものは、苦手だ」
「なら、来年はなるべく甘くないものを用意しておくよ」
来年、とは随分気の長い話だと思ったが、それを問いかけるより先に緩慢な眠気が襲ってきた。口数を減らした俺の様子に気付いたのか瑠夏は俺へ毛布をかけ直すとまた優しく頭を撫でてくる。
こういう扱いには慣れていない、行為の後の触れ合いも睦言も、俺には縁のないものだった。行為そのものをただ手段として考えてから、俺はようやく過去から解放された気分になっていたのに。何も知らない、俺の名前しか知らないこの男は無遠慮にそこを踏み荒らしてくる。
「……なぁJJ、1ヵ月だけ、キミに猶予をあげる」
「ん……どういう、意味だ……?」
「来月の14日、またボクに会いにおいで。その時正式に組織へキミを招く事にするよ」
来なくてもいいけれど、勿論そんなことはしないだろう?と、初めてマフィアのボスらしい残酷さを秘めた口調で問いかけながら、瑠夏は笑った。1度マフィアに目をつけられた、ならばもう逃げる場所などどこにも残ってはいないということだ。それでも身を隠して生きていくことは出来るかもしれないが……そこまでして成すべき事を、俺は持たない。
「……わかった」
「あぁそうだ、3倍返しがここの風習なんだっけ?それも楽しみにしているよ」
「……?何の、話……だ……?」
意識が沈んでいく。髪を梳く瑠夏の手が心地よく、俺は問いに答えた瑠夏の言葉の意味を把握するより先に、夢へと落ちる。
「だって今日は、バレンタインデーだろう?」
おわり