身を這う龍の慰め
ドラゴンヘッドに誓いをたてさせられて数日、人とは慣れる生き物だと、俺は何度目かの実感に溜息を零しながら軋むベッドへ腰かけた。嫌という程聞いた音だが……続く喧騒が無い事にほんの僅か違和感を覚える。そんなに乱暴に座ったら壊れるだの、汚れたままベッドにのるなだの、何かにつけて文句を言ってきたあの耳障りな声の持ち主は、今どこに居るとも知れないままだ。
見捨てるという選択が出来なかった自分に嫌気がさす。情でも湧いていたのか、馬鹿らしい。自分を殺そうと息巻く相手にそんな感情を向けるなど、頭のおかしな奴でも指を指して笑うだろう。ならば自分はよっぽど手に負えないイカれた頭の持ち主か、そう考えてまた溜息が出た。ここに居ると嫌でも梓の事を考えてしまう。
「……?」
ガチャンと突然にドアノブが回される、鍵をかけているので開きはしないが。続いて何度も乱暴にドアを叩かれ「開けろ」と苛立っているような低い声が命令してくる。聞き覚えのあるそれは王のものだ、なんだってプライベートな時間まで奴らに関わられないといけないんだとうんざりしながらも、逆らうよりは面倒くさくないという理由で鍵を開けた。
「居るならさっさと開けろ」
「……突然来ておいてその言い草か」
呆れながら王を中へ招き入れるとドアの外を確かめてから再度鍵を閉める、用心に越したことはないだろう。図々しくベッドに腰掛けた様子から見てすぐに帰る気はないようだと判断しての事だが、迷惑なことこの上ない。
「何の用だ」
「用も何も、仕事の件でもなきゃわざわざこんな所まで来るか。携帯で済ませられればよかったが、見せる資料もあったからな」
「わざわざ、ご苦労な事だな」
「殴るぞ」
その言葉とほぼ同時に王の拳が鳩尾に向かって振るわれる、最小限の動きでそれをかわした俺は「せめて言い終わってからにしてくれ」と少し離れた床に腰を下ろした。元々当てる気はなかったのか、今のやり取りについて何の言葉も無く封筒に入った資料を投げてよこした奴に何度目かの溜息を吐きながら、中の書類を取り出しざっと目を通す。
ややこしい配置図などは後回しに、ターゲットと場所を確認した。みかじめ料等を取るためちまちま店を回るよりは、こういったわかりやすく手っ取り早い仕事の方が俺にとっては助かる。
金になる、という意味では魚住の言っていた「ビジネス」とやらの方がいいのかもしれないが……まぁそれは置いておこう。
「確認したら燃やせ。決行は3日後、その書いてある場所に直接来い」
「あぁ、わかった」
「怪我で動きが鈍るなんて事が無いようにな。刺青は、医者に言われた通りにしているのか?」
清潔にして、乾かすな、だったか。意味のない代物とはいえ苦痛に耐えた事に加え金がかかっている、剥がれて欠けた龍になどなればその分覚悟の度合いも薄れてしまうだろう。出来る限り言われた通りにしてはいるが、元々の生活もあって完璧にとはいかない。
「…………あぁ」
「今の間は何だ」
「気にするな」
「気にするだろう!ちっ、面倒だな、ちょっと見せてみろ」
「は?って、おい、よせ……!」
言い淀んだのはまずかったらしい、嘘でも即答しておけばこいつが時折発揮する無駄なお節介焼きっぷりを見ずに済んだだろうに。俺のスラックスに手をかけた王は「脱げ」と無茶な事を言ってくる、何が悲しくてこの男の前で下半身を露出しなければいけないんだとその手を払おうとすれば、むきになったのか奴も俺の手を押さえスラックスを無理矢理下げようとしてきた。
そんな体力ばかりを消費する馬鹿らしいやりとりは仕方なくこちらが折れる事で決着がつき、渋々言われた通りにスラックスを脱ぎ下着だけになるとベッドに腰掛ける。
王は何やら持っていたらしいタオルを備え付けの水道で濡らすと俺の方へと戻ってきた。そうしてまだ赤みを残している太股に冷えた指で遠慮なく触れると、貼られているガーゼを剥ぎ取る。
「っ!王、わかっててやっているだろうっ」
「このくらい我慢しろ。ん……化膿したりはしてないな、しかし乾かすなと言われていたはずだが?」
「……たまたま、忘れていただけだ」
「そのたまたまは一体何回目なのか知らないがな……まぁいい、もう少し足を開け」
どうやらこの男は徹底的に俺の世話を焼く事にしたらしい。それにしたって随分な言い草だが、また問答や乱闘紛いのことをするよりは言われた通りにした方がさっさと済みそうだと、足の位置をずらした。
ひんやりとしたタオルがあてがわれ、王はその無骨な手に似合わず労わるような動きで太股を拭っていく。まだ熱を持ちじくじくとした痛みを持つそこは少しの刺激でも苦痛を生んだが、声を漏らしてしまうのは癪でそれすら感じていないよう振る舞った。
「……下の方が拭い辛いな、ベッドに寝て膝を立てろ」
「…………」
「どうした、さっさとしろ」
先程から自分がかなり際どい台詞を吐いている事にこの男は気付いているのだろうか、まぁそういった下心が無いからこそそういった言葉が出てくるのだろうが。ある意味宇賀神なんかより厄介な奴かもしれない。
仕方なく「わかった」とだけ口にしてベッドへ寝ると膝を立てて足を開いた。その脚の間に身体を潜らせるようにしてまた内腿を拭いだした王、この体勢は誰かに見られれば言い訳が不可能だろうなとぼんやり思う。
「まぁ、こんなものか……おい、医者に渡されたワセリンがあっただろう、それはどうした」
「そこまでするのか……その辺に転がってると思うが」
「適当に扱うな!まったく……ああ、これだな」
ワセリンの容器を手に持ち、蓋を開けて中を見た王はまた顔を顰めた。中身がそれほど減ってない事に対してだろうか、それでもいい加減面倒くさくなったのか何も言わずそれを指で掬うと、丁寧に拭った内腿へ塗りつけていく。
「っ……」
「我慢しろ、化膿すれば痛みはこの比じゃないんだ」
「わかってる……やるなら黙ってさっさとやってくれ」
「……お前、その台詞はどうなんだ」
何故か少し顔を赤くしながら俺から目を逸らし、また内腿へと指を滑らせていくがその動きが突然妙にぎこちなくなった。先程の台詞に気を悪くしたのかと思えば、そういった態度には見えない。
「…………下着も、脱げ」
「は……?」
「妙な意味じゃない!お前の穿いているのだと刺青が少し隠れてしまう、とっとと済ませて欲しかったら言う通りにしろ」
「さっきから思っていたんだが、どうしてお前はそんな偉そうなんだ」
「少なくとも下っ端のお前よりは偉い、痛くされたくないのならさっさと脱げ」
今から俺は強姦でもされるのか、とからかってやろうかとも思ったが、なんとなく冗談では済まなそうな気配を感じて口を噤んだ。その瞳に浮かぶ熱っぽさに気付かないフリをして下着を脱ぐと、また同じように足を開く。
たかが布一枚とはいえ、この状態は色々と頼りない。隠すのもおかしい気がして晒したままにはしているが、本当に、何故仕事の話を持ってきた奴に下半身を露出することを強要されているのか。
ここまでくると、いっそ下心があってくれたほうがまだ健全なのではないかという気さえしてきた。いやあるのだろうか、少なくとも今のところ手を出してくるような気配はないが、先程から王は時折居心地悪そうに身体を捩っている。
「あんまりもぞもぞ動かれると、スーツが当たってくすぐったいんだが」
「あぁ、悪い……俺も脱いだ方がいいな」
いやそういう事を言いたいんじゃない、と俺が口にするより早く王は上着を脱ぎベッドの隅へ放った。ネクタイを解き同じように隅へやってから、「これでいいだろう」と俺の足に手をかけ際どいラインにワセリンを塗りつけていく。
汚れている片手が使えない状態で器用な事だなと感心しつつも、いよいよもって言い訳の出来ない状況に、俺はただ早く終わってくれる事を願うしかなかった。妙な事が起こらない内に、と、願った所で叶えられることなど滅多にないのだと知ってはいるが。
「ん……っ……」
「…………」
「……く……ぅ」
「妙な声を出すな!」
「痛い上にくすぐったいんだ、仕方ないだろう……このくらいのことで興奮するな」
「誰が……っ!……このまま犯すぞ、お前……」
冗談の通じないタイプはこれだから厄介だ、目が据わっているしこれ以上からかえばその報復が倍以上になって返ってきそうだ。「悪かったよ」と言ってから口を閉ざすが、それからすぐ、動き出した手が別の意思を持っている事に気付く。
「っ……ん……おい、わざとか」
「さぁな……声を上げるなよ。興奮した俺が、何をするかわからないぞ」
意趣返しのつもりらしい、意地の悪い笑みを浮かべながら俺を見た王は、中心に触れるか触れないかの場所に緩く指を這わせてきた。ぬるぬると滑るその動きに身体は勝手な期待をしてしまい、熱が集まっていく。
「止めろ……って、王……!」
身体を起こしその腕を掴もうとすれば、そこから手を離した王に易々と組み敷かれてしまった。そもそもの体勢が悪い、足の間に割り込まれ腕を押さえつけられてしまえば、碌な抵抗など出来はしない。
いつの間に引き寄せたのか手に持っていたネクタイでベッドサイドに俺の腕を固定すると、王はようやく俺の上から身体をどけた。まぁどけられたところでこの状態にされてからでは遅いのだが。
「悪かったと言っただろう……まさかさっきの言葉、本気か?」
「安心しろ、お前が興奮してもそのまま放置してやる」
それは無理矢理犯されるより余計性質が悪い、焦らされる事に悦びを覚えるような変態ではないのだ、それならば最後までされた方がどれほどマシか。自分の考え方もどうかと思うが、この男の思考はそれ以上に厄介だ。
「……王、その趣味は改めた方がいいんじゃないか?」
「趣味なわけあるか!というかお前はどうしてこの状況で少しも危機感を持たないんだ!」
「お前に、人を強姦する覚悟はなさそうだからな」
安い挑発ではあったが、王の表情を見るにそれは成功したらしい。これでやってられるかと部屋を出てくれれば思惑通りだ、そのまえに何発か殴られるかもしれないが、一人になってから時間をかければこのネクタイもどうにか出来るだろう。
……腰の奥に疼く熱は本格的にまずい事になってきている、その言葉で挑発しようとしたのは嘘ではないが……別の方に転がったとして、完全に読みが外れたという訳ではないのが情けない所だ。
そもそもここ数日、宇賀神の手で抱かれる側の感覚を嫌という程思い出させられ、より強く教えられたのだ。こうもお膳立てされて、身体が黙っているわけがない。
「言ったな……後悔するなよ」
「あ……っ、く、お前、いきなりすぎるだろ、う……っ」
「すんなり咥え込んでおいて文句を言うな……増やしても平気そうだな」
「っう……うるさい……っ、ふ……」
いきなりワセリンでぬめった指を後孔に突き入れてきた王に文句を言いつつも、性急に増やされる指はいつからか待ち侘びていた快楽を引き摺り出してくる。身体の深くに塗りつけられたものが中の熱で溶けだしたのか、王が指を動かす度に粘ついたような音が部屋に響いた。
そんなのはいいから早くもっと奥を突いてくれと、自分が挑発した手前、流石に口にはしないが。揺れそうになる腰を理性で止めながら喘ぎを噛み殺す、開き直って乱れてみせるには、まだ熱が足りない。
「……お前、本当に慣れているんだな」
「何、の……ことだ……」
「金額次第で、あの薄汚い男にも脚を開くと言っていただろう」
それは冗談だと言ってあった気もするが、どうやら王にはその前のインパクトの方が強すぎたらしい。いくらなんでもアレに抱かれたくはない、もしそんな事態になれば今まで培った殺し屋としてのスキルをフルに使ってでも回避するだろう。
「……勘弁してくれ、あれは冗談だと、言ったはずだ」
「だが、今はこうして、」
「それは、お前だからだろう。……そもそもあの男と比べたら、誰だって……王?」
虚を突かれたような表情の王を呼ぶと、みるみるその頬が染まっていった。照れるにしても随分今更だと思うが、と呑気に考えていると、唐突に腰が持ち上げられる。力任せに掴まれた太股は痛みを訴え、逃れようと身体を捩るが効果はない。カチャリと金属音が耳に届く、まさかと口を開いた瞬間、腰の奥を穿つよう熱が一気に入り込んできた。
「あぁっ!ぐ、ぁ……っ」
「言う事が、っ、いちいち思わせぶりだ、お前は……っ」
「痛……っ、王、手をどけ……あ、うっ!」
「この状況で、男を煽るような事を言うんだ……お前が悪い」
だから我慢しろとでもいうつもりか、そもそもお前は治療をしていたんだろうと、傷を悪化させられそうな力の強さに俺は脚で王の背中を蹴るようにしながら抗議する。中を擦られるだけで慣らされた身体は快楽に溺れていく、その内痛みも興奮材料へと替わってしまうかもしれないが、このまま流されるわけにはいかない。
「っあ!せめ、て、体勢を変えて、くれ、っ、傷を悪化させる、気か……っ」
「……ちっ……わかった、一度抜くぞ」
「あ……く、ぅ……」
「馬鹿、締め付けるな……っ!どうしたいんだお前は!」
「わざとじゃ、ない……っ、いいから、早く……あぁっ!な、王……っ!」
ギリギリまで抜けていたものが、再び奥を貫いてきた。あまりの衝撃に身体はびくんと跳ね、よりきつく入り込んで来たものを締め付けてしまう。王は小さく呻くと俺へ覆い被さり、縛っていたネクタイを解いた。
「何、して……っあ、あ……っ」
「お前が、締め付けるからだろう……っ、痛いなら、自分で脚を抱えてろ、っ!」
随分横暴な事を言う男だ、そう思いながらも自分に余裕が無い事も理解していた。自由になった両手で腰を浮かすように脚を抱えると、間に入り込んだ王が更に深く自らを埋め込み、ギシギシとベッドを鳴らしながら激しい抽挿を繰り返す。
王の空いた手がすっかり勃ち上がり先を濡らしている俺のものを包み、荒い手つきで擦り上げてきた。喉を仰け反らせながら喘ぐ俺に、「随分悦さそうだな」と呼吸を乱しながらもからかうような口振りで王が囁いてくる。
「んっ、あ……!お前、も、だろう……っ」
「だから、そう何度も締め付ける、な……!」
「……め、ろ……王、もう、手を……あっ!」
「っ、く……出す、ぞ……」
「あっ、も、あぁっ!」
抱えている脚が震え、俺はそのまま自らの腹に白濁を撒き散らした。すぐ王も腹の奥を抉るよう突き挿れながら中へ熱を吐き出す。最後の最後まで乱暴な奴だと、じわりと広がる熱さを感じながらようやく終わった行為に目を閉じた。
「…………王」
「何だ……」
「終わったんなら、さっさと抜いてくれ」
「……お前、わかってて言っているだろう」
知るか、と悪態を吐くが当然わかっている。吐き出したにもかかわらず未だ萎えないまま俺の中を埋めているもの、しかしそれを許してしまえばまたさっきのような無茶をされるかもしれない。
俺自身もまだ満足したわけではないが、それならこいつが部屋を出た後一人でするなりして処理出来る。さっさと抜けと腕で押し返してみるが、王は動こうともしない。どうしろというんだ、まさかこの男の気が済むまで付き合わなくてはいけないのだろうか。
刺青の具合を見せろと言われた時強く拒否していれば、いや、そもそも王が来た時にさっさと追い帰せばよかったのか、どちらにしろ後の祭りだ。
「…………はぁ……わかった、もう好きにしてくれ」
「お前、妙な所は潔いんだな……」
「お前を説得するより手っ取り早いと思っただけだ。ただ、さっきも言ったが体勢を変えてくれ」
「あ、あぁ」
「ん……っ」
王は一度自身を抜くと、俺をうつ伏せに転がした。この瞬間に逃げることも可能だろうが、今更そんな気は起きない。高く上げさせられた腰を王の手が掴み、後孔にまた濡れた昂ぶりが押し当てられる。
片方の手が腰から離れると俺の鎖骨辺りに触れ、探るような動きをした後に服のファスナーを下ろしていった。そのまま完全に開かれ、熱い掌が肌を撫で回してくる。スイッチでも入ったというのか、妙に奴の触れ方が妖しくなり、漏れる吐息は艶っぽく感じた。それが肌に触れれば、呼応したように俺の身体もぞくりと反応を返す。
「あっ……う……っ」
「あまり、その……こういうことは、するな」
「っ……?んっ、あ……!」
「持て余すなら、俺が相手をしてやる。だから、他の奴には……簡単に、許すな、よ……っ」
「あぁっ!馬鹿……っ、いきなり、深……っ!」
汗で少し湿ったシーツにしがみつきながら、王の言葉に答えようとするが、何を言われているのかいまいち理解が出来ない。言われなくても簡単に脚を開くような淫乱ではない、今が少し、おかしいだけだ。
数日も経てば落ち着くはずだった、まだ燻っていた身体にこの男が妙な触れ方をするから。相手などしてもらわなくても、本来ならばこんな風に熱を持て余しはしない。だから余計なお世話だと、しかしそれを口にすることはしなかった。
「う、ぁ……っ!」
「っ……JJ……!」
荒っぽい割に生真面目で世話焼きの男に、俺はいつのまにか少し絆されてしまっていたのか。今回だけだと心に決めてはいるが、もしまたこんな風に求められてしまった時、自分はこの男を拒否出来るのかわからない。
ギシギシと軋むスプリングの音、懐かしいようなそれは過去と景色が違った。記憶の中から聞こえる声に、今だけだと耳を塞ぐ。忘れてなどいない、俺の肌の上を這う龍は、この身を喰らおうとしているだけだ。
指の先が白くなる程に強く、シーツを握った。胸の内に落ちてくる何かに、気付く前に。
おわり