どちらが本当の

「わかっているか?俺はただお前がどうしてもというからついていくだけで、決してお前と出掛けたかったわけじゃ」
「……そもそも、ついてきてくれとは頼んでいないんだがな」

ボソリと零した言葉はどうやら霧生には聞こえなかったらしい。何か言ったか?と不思議そうな顔をしている奴に、何でもないと返し歩くペースを速める。俺は霧生に店の場所を聞いただけだ、案内してくれとまで言った覚えは無い。まぁ邪魔にもならないので強く拒否もしなかったのだが。

「……ん?お前は……」

店の陰から姿を見せた男が声をかけてくる、その人物を認識し俺は思わず溜息を吐いてしまいそうになった。よりにもよってこのタイミングで、と、運の悪さを呪いたくもなる。

「デスサイズか、奇遇だな」
「……あまり気軽に声をかけて来ないで欲しいんだが」
「そう言うな、知らない仲でもないだろう」

ただでさえ誤解を招きかねない状況で更に誤解を招きそうな発言を被せるなと、俺を見て薄く笑う男……ドラゴンヘッドの幹部、王偉睨みつけた。案の定背後から殺気立った視線を感じ、言い訳をすべきか黙っているべきか考えながら後ろを振り向く。
その目力だけで人を殺せるんじゃないかという程に鋭い瞳が俺……ではなく、王へと向けられていた。どうやらこの男の不審は、敵対組織の幹部である王へぶつけられたらしい。

「貴様……確か、王だったか」
「名を知ってて貰えているとは、俺も有名になったものだな。まぁ生憎俺はお前の名を知らないが」
「貴様に名乗る名などない、今すぐ去れ」
「随分殺気立っているな……おいデスサイズ、飼い犬の躾くらいちゃんとしておけ」
「だ……っ!誰が犬だ誰が!!」
「お、おい霧生、落ち着け……っ」

ずかずかと王へ歩み寄り、今にも殴りかからんばかりの霧生の腕を慌てて掴む。何も俺達はドラゴンヘッドの奴らと戦争をするためにここに来たのではない、そうでなくとも最近は小さな諍いが絶えず互いにピリピリしているというのに。霧生だってそれはわかっているはずだ、というかいい加減その手のネタに対する耐性がついてもいいと思うのだが。

「簡単に挑発に乗るな、こんな所で揉め事を起こせば、その実害を被るのは俺達のボスである瑠夏だろう」
「ぐっ……」

いくら頭に血が昇っていても、流石盲目的に慕っているだけあって瑠夏の名前の効果は絶大だ。咄嗟だったとはいえ自分の機転を褒めたくなる、あの勢いではそのまま殴りかかっていたとしても不思議ではない。

「随分と荒っぽい男を置いているんだな、キングシーザーは。何もしていない通りすがりを殴ろうとするなど」
「王、頼むからこいつをあまり煽らないでくれ」
「どうだデスサイズ、そこで犬の世話などしていないで、ドラゴンヘッドでその力を生かしてみないか?」
「断る。俺のボスは唯一人、瑠夏・ベリーニだけだ」

人の話を聞かない辺り、上司も部下も変わらないようだ。俺はまた掴みかかりに行きそうな霧生を宥めるためにも、あえてきっぱりとした否定の言葉を口にする。
王、というかドラゴンヘッドの連中から自分達の元へ来いと誘われたのは、何もこれが初めてではない。最初は筆頭幹部の宇賀神から、その後もその部下達が俺と顔を合わせる度にこうしてキングシーザーへの皮肉を交えながら、断られるとわかっているであろう誘いを口にしてくる。正直迷惑なことこの上ない、こんな揺さぶり、俺にはまったく意味を為さないが他の連中にとってはそうじゃない。
必要以上の警戒も、俺に対する不審も、知られてしまえば生まれるだろう。なるべく知られないようにはしていたが、まさかこうして、よりにもよって一番厄介そうな奴といるときに勧誘を受けるなど、やはり霧生がついてくると言った時強く拒否すればよかったのか。

「おい、今のは聞かなかった事にしてやる、さっさと去れ」
「聞かなかった事にしてもらっては困る、寧ろお前のとこの頼りないボスへ伝えておけ、デスサイズはいつかこちらのものにすると」
「人をモノ扱いするな……っ、おい霧生……?」

掴んでいた腕を振り払われたかと思えば、今度は逆に霧生に腕を掴まれる。力加減に容赦がないせいで二の腕が痛むが、それを意にも介さず奴は王を先程より凄味の増した表情で睨みつけていた。

「ボスを愚弄するな……それに、こいつを渡すわけがないだろう」
「甘さの残るボスに、そいつがいつ愛想を尽かしてもおかしくないと思うが?」
「――っ!こいつは、そんな男ではない!!」

ギリ、と骨が軋む程に強く腕を握られ、痛みに顔を顰める。「霧生、痛い。腕を離せ」と告げてみるが、その力が僅かに弱まっただけで一向に放す気配は無い。そもそも何故こいつは俺の腕を掴んでいるんだ、心配せずとも誘いに乗ってついていったりはしないというのに。

「こいつは確かに情が無いように見えるかもしれないが、俺達の為に命を懸けてくれている!知りもしないでわかったような口を叩くな!」
「……霧生……」

その意外な言葉に思わずその名を呼べば、ハッとした顔で俺を振り向いた後みるみる顔を赤くしていった。どうやら完全に勢いだったらしい、後で照れるくらいなら言うなと、逆に俺の方が気まずさを感じてしまう。その反応を見てしまえば、先程の言葉は本心からのものだったとわかってしまうからだ。
こいつとは出会いから何から最悪だったが、改めてこうした信頼を教えられると……そう、悪い気はしない。

「……そうか……だが、そう聞くと逆に惜しくなるな」
「は?……な、王っ」
「ドラゴンヘッドに来い、デスサイズ。お前と肩を並べて戦ってみたくなった」

王はそう呟くと、霧生が掴んでいるのとは逆の腕を強く掴んでくる。俺を挟んで睨み合う二人に対し、もう宥める手段が思い付かずお手上げ状態だった。そもそもこんな風に言い争いになるような事ではないはずだ、俺が断れば済む話で、ややこしくしているのは必要以上に牙を剥いている霧生だろう。

「だから、断ると何度も……っ」
「こうして大人しく誘っている内に受けた方がいい、宇賀神さんからは、もし再三の誘いを無碍にするようなら、どんな手を使ってでも手に入れろと言われている」
「下種が……!今すぐその汚い手を離せ!」
「霧生、よせ!」
「……そうだな、例えばその犬の前でお前を犯せば、組織には戻り辛くなるか」

そう言って腕を掴んでいるのとは逆の手で俺の襟首を掴み、意味ありげに視線を向けて来る王。どう考えても本気ではなく、ただ単に霧生を挑発するための言葉だ。しかし俺が窘めるより早く、霧生は噛みつくような勢いで王へ吠える。

「なっ……!貴様らは本当に碌でもないな、上の器量が知れる……!」
「……訂正しろ、一度までなら聞かなかった事にしてやる」
「どの口がっ……!」

いよいよ収拾がつかなくなってきた言い争いに、俺はどうしたものかと両方の腕を別々の方向に引かれながら頭を悩ませていた。ふと、そういえば昔話か何かにこういったシチュエーションがあった気がすると、一向に解決しない事態から脳が逃避し始めた頃、背後から思いもよらない人物の声がかかる。

「やぁ、こんなところで母親でも決めているのかい?」

呑気な、それでも聞き覚えのありすぎる声に振り向けば、金色の髪を揺らしながら大柄な体躯の男……俺達のボス、瑠夏・ベリーニがこちらへ向かって歩いてきていた。
いや、何故一人でそんな悠々と行動しているのか、俺達構成員ならばともかくボスである瑠夏がそんな無防備に出歩いて良い時世ではないだろう。

「――っ!?ボス!?」
「瑠夏……アンタ、何故ここに……」

ニコニコと朗らかな笑みを崩すことなく俺達の傍へ立った瑠夏は、俺の両肩に手を置くと「両手に花なんて、JJもやるじゃないか」とウィンクを飛ばしながらそんな馬鹿げた事を口にした。先程までの一触即発の空気はいつの間にか霧散し、それが瑠夏の言葉ひとつであるというのは流石トップに立つ男の器量とでも言うべきなのか。

「ほら霧生、腕を離してあげて。そんなに強く掴んだら痣になってしまうよ」
「し、しかし……」
「霧生」
「……わかりました」

渋っていた霧生も、瑠夏の言葉には逆らえず言われた通りに俺の腕から手を離した。それを見届けた瑠夏は、逆の腕を掴んでいる王へ、霧生へ向けたものとはまるで違う、底冷えするような視線を向ける。

「キミも……ね。ここはボクに免じて引いてくれないか、お互いの関係のためにも、無駄な諍いを起こすのは止めてもらいたい」
「……ちっ」

その言葉の強さに怯んだのか、それとも瑠夏の登場で毒気を抜かれたのか、意外にもあっさり腕を解放してくる王。そうして「次は頷かせるからな、デスサイズ」と言い残すと入り組んだ路地の先へと姿を消した。

「JJ、腕は大丈夫かい?」
「あ、あぁ……問題ない…………じゃないだろう瑠夏、アンタが何故こんなところにいるんだ」
「あぁ、出掛ける途中だったんだよ。車の窓から君たちの姿が見えたから停めてもらったんだ。ほら、あそこに見えるだろう」

そうして指をさした先には確かに普段瑠夏が使っている車が停まっている。それにしたって敵の幹部が居たこの場へノコノコ姿を見せて良いような立場の人間じゃないだろうと、霧生も似たように思っているのだろう顔を顰めながら、それでも仲裁してもらった手前強くは言えないらしい。

「まぁ、何があったのかは車で聞くよ。二人とも乗って」
「……はい」
「……わかった」

そうして先頭に立ち歩いていく瑠夏の背中を追っていると、隣を歩く霧生が俺の腕に触れてくる。何だとその顔を見れば、霧生は申し訳なさそうに眉を下げながらこちらを見ていた。

「……腕、悪かった」
「いや、平気だ。それよりいちいちああいった挑発に乗るな、相手の思う壺だろう」
「……お前が……られると、思って」
「は?」
「どこにもいくなよ、JJ。お前は俺の……俺達の、家族なんだからな」

真剣に、真っ直ぐと俺の瞳を見つめながらそんなことを言ってくる男に、俺は顔の熱が上がるのを感じる。きっと今俺の顔は、先程の霧生のように真っ赤になっているのだろうと、わざわざ確認するでもなくわかった。
「当り前だろう、馬鹿」と言って顔が見られないよう先へ行けば、後ろから「馬鹿とはなんだ!」と息巻いた霧生の声がかかった。頼むから追いついてくれるなよと、瑠夏の乗る車が停まった道路までの短い距離で、どう顔の熱を下げたものかと、また俺は頭を悩ませる羽目になった。







おわり