【あなたに恋して息をする】マスター×JJ
眠りが来ないまま一時間程が経ち、いい加減強張ってきた身体を動かそうとシーツの上を転がると、すぐ腕が絡み付いてきた。他人の温度に慣れたのは、この人とこうして同じベッドで眠るようになってからだろう。
「眠れませんか?」
「すまない……起こしたか?」
「いいえ、僕も眠れませんでしたから」
ホットミルクでも作りましょうか、と身を起こすマスターの腕を、俺はベッドにうつ伏せたまま掴んだ。「おや」と笑いを含ませて呟いたマスターは、俺に覆い被さるようにまたベッドへ戻る。
「ミルクより、子守唄がお好みですか?」
「どっちもいい……アンタが居ないと、眠れない」
もう起き上がれないようにその身体を抱き締めて、顔を押し付けた胸から聞こえる鼓動に意識を寄せた。マスターからは綺麗な音がする、呼吸も、声も、こうした心臓の音も、何もかもが。
まだ夜は長いから、眠りに落ちるのはゆっくりでいい。ぐずる子供をあやすように背中をポンポンと弱く叩いてくるマスターの手のリズムが心地良く、しがみつく腕の力を強めた。
「君は、随分甘えん坊になった」
「……」
「それが僕にとってどれほど嬉しい事か、わかりますか?」
穏やかに笑うその表情を見たいけれど、この顔はとても見せられない。アンタも早く寝ろ、と早口で答えるのが精一杯で、そんな俺にマスターはまた笑う。
憎らしくなるくらいに温かく、逃げ出したくなる程に甘い、この人がいつも俺に与えてくれる時間が、何よりも好きになってしまったから始末に負えない。
「いい子ですねえ、JJ」
どうしてか、声を上げれば泣きそうな気がしてただ目を瞑っていた。呼吸が溶け合うような距離で、互いのまどろみが少しずつ近くなるのを感じる。
いい子、だろうか。マスターにとって俺はきっと手のかかる子供で、あぁだがそんな子供に手を出すこの人は、それなら悪い大人だ。
「おやすみなさい、JJ」
あぁ、おやすみと、答えたのはきっと夢の中でだろう。マスターの傍で見る夢はその鼓動と同じ穏やかさだから、安心しきって俺は意識を落とした。
目を覚ましても変わらず微笑んでくれる存在を、全身で感じながら。
【終】
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【幸福はBarからやってくる】橘×JJ
チョコレートを手に部屋へ帰れば、玄関で橘が土下座していた。そろそろこいつを追い出そうか真剣に考えるが、結論が出るより早くその顔が上がる。
「JJ一生のお願いや、チョコください!本命からのチョコをこの哀れな陽ちゃんに……て……」
「ほら」
「へ?」
無造作に放り出したその箱を、橘は慌てて両手で受け取った。前のめりになりすぎて肘を思いっきり床に打ちつけていたが、あまり可哀想だと思わないのは痛みに耐えながら尚口元が緩みきっているからだろうか。同居人がマゾだなんて、マスターにも言えないなと溜息を吐く。
「おお……おおお……これが憧れの……本命チョコ……」
「マスターから預かってきた」
「……今、何て?」
「俺達二人にだそうだ、俺は甘いものは苦手だからな、お前が全部食べていい」
「ちゃうやん!!!」
ダァン!と床に拳を叩きつけた橘を見て、まだ自分を痛めつけ足りないのかと更に引いてしまった。これはどうしたらいいのだろう、蹴ってやったりした方がいいのか、しかしそれが癖になられても困る。とりあえず「大丈夫か」と声をかけながら膝をつけば、瞬間橘に飛びつかれた。
「痛っ!おい橘!」
「JJのイケズ!鬼!悪魔!……でもめっちゃ好きやぁ……」
玄関のドアに後頭部をぶつけ、頭が揺れる。俺の腰にガッチリと腕を回しいやいやをするように胸へ頬を擦り付けてくる橘を見ていると、なんだか大型犬に懐かれてしまったような感覚がした。ズキズキと痛む頭では怒鳴るのも面倒くさく、その犬にしては明るすぎる痛んだ金髪を撫でる。その根元が全く違う、それこそビターチョコのような色をしていて、ぼんやり全てこの髪色の橘を思い浮かべた。
「あ、それ気持ちええ……もっとやって」
「調子に乗るな、早く退け」
「ほんま、イケズやなぁ……はぁ、本命チョコは、来年のお楽しみにするわ」
ようやく諦めたかと息を吐けば、顔を上げた橘がキスを仕掛けてくる。両手はいつの間にか床に縫い止められていて、それ程強い力ではないのに振り解けない。角度を変えて何度も触れてくる奴の体温が上がっていくのを直に感じ、次に言うだろう事は予想できた。
「今年は、JJを食わせてな」
「……俺は食い物じゃない」
「折角やし、このチョコでチョコプレイもええなぁ……夢が膨らむわ、な、JJ?」
飽きずキスを繰り返してくる男に、せめてベッドに行くぞと俺が根負けするまで、きっともうそれほど時間はかからないだろう。まさかマスターはこの展開を予想して俺にチョコを持たせたのかと、もしそうだとすれば次会ったときにどんな恨み言を告げてやろうか。
深くなっていくキスと橘の緩みきった表情に耐えかねて、俺は抵抗を諦め目を閉じた。
【終】
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【君の瞳に乾杯】瑠夏+劉×JJ
雨の日に傘を差し出してくれる男と、共に濡れてくれる男。そのくらい正反対の二人が、俺を挟みながら同じ空間でに酒を飲み交わしているという状況はなかなかに壮観だ。皮肉めいたやりとりから始まり今は酷くくだらないテーマで議論を交わしているボス達を横目に、俺はウイスキーで喉を潤わせながら、さっさと帰らせてくれと机にだらしなく肘をついた。
たまには気分を変えてと適当に入ったバーに、まさかこんな大物二人が居合わせるなんて全く予想していなかった。まずどうして一人でふらふらとで歩いているんだ、命が惜しくないのかと、殺し屋の俺に心配されたくもないだろうが。
「JJは冷たそうに見えるけれど優しくて、可愛い子だよ。誰にでも甘いから、そこがちょっといただけないけれどね」
「フン、この男が可愛いだと?この負傷した獣のように冷えた瞳を見てよくそんな評価を下せるな……まぁ、甘さについては同意してやろう」
「キミと意見が一致した所で嬉しくないよ」
「あぁ、私も最低な気分だ」
「なら言うなよ……性格が悪いな、劉漸」
「貴様もな、瑠夏・ベリーニ」
そういう話は俺の居ないところでやってくれないかと、しかし酔っ払いには何を言っても無駄だろう。飲み比べでもしているかのように次々グラスを空けていく二人が先程から飲み続けているのは、かなり度数の高いものだったはずだ。最初の内は顔色一つ変えなかった瑠夏と劉、今はようやく頬を僅かに染めている。若干言い合いのペースが落ちているので、頼むからこのまま潰れてくれと願った。
この状況で逃げれる気はしていないので、共に酔い潰れたところを狙ってこの場を去るしかない。その際互いの幹部に電話連絡くらいはしてやろう、いくらなんでも大きな組織のボスを二人を、ただここに放置していくわけにもいかないだろうから。
「それで、JJはどう思うんだい」
「は……?」
「おい、聞いていなかったのか?どちらが貴様の本性かという話だ」
聞いていたが、聞き流していた。というかまず聞く気がなかった、そんな話に集中するよりいかにして無になるかの方が俺には大事だったから。だから突然話を振られたところでどうにも反応に困る、本性も何も、そんなものを意識した事がまずない。
「俺は、俺だ」
「あ、誤魔化そうとしてるな。ボクの知るキミは不器用で優しい、可愛いニーノだよ。でも時折見せてくれる別の顔は誇り高い獣のようで、美しくすらある。そのギャップに惚れ込んでいるんだって、まだ気付いてくれない?」
「この男は、全く貴様が見えていないようだな。血に飢え、狩りに慣れた獣のように人を殺す。気高さを失わず自らを死神と称しながらその影に己の死を飼っている、貴様はそういう男だろう?デスサイズ」
瑠夏に頬を撫でられ、劉に耳を強く掴まれる。次々と耳に吹き込まれていく言葉の数々は次第に色を変えて、俺の意識に無理矢理入り込んできた。黙れと言っても聞こうとしないその態度に、話を聞かず強引なところはそっくりだと皮肉のひとつも言ってやりたくなる。
「頼むから、さっさと潰れてくれ……」
「まだまだ、序の口だよ。なぁ劉?」
「当然だ、この程度で我々を潰せると思うなよ」
結局明け方まで続いた俺の本性についてのトークは、結局結論が出ずに終わった。ようやく潰れてくれた二人から離れ、大分乱された服を整えながら危ないところだったと溜息を吐く。
取り出した携帯でまずはどちらに連絡を取ろうかと、電話帳の「う」と「き」を何度も往復した。考えて冷静に対処してくれそうなのは「う」の方かと、通話ボタンを押す。
少し離れた位置から見るボス二人、瑠夏は椅子に背を預け劉は机に突っ伏していて、こうして潰れる姿まで対極だと、少しだけ笑ってしまった。
【終】
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【Eat me!】瑠夏+劉×JJ
甘いチョコレートの香りに、俺はそれから逃げるように身体を捻った。その時感じた下肢の違和感に、まどろみから覚めようとしない意識を必死で起こす。
「な……ん……」
「あ、起きちゃった。まぁ準備は出来ているから、いいかな」
「むしろ、起こす手間が省けたくらいだな」
瞼を開くが焦点が合わない、ぼんやりと見えるのは金と黒で、しかし記憶を遡ろうにも思い当たる節が無かった。頭が重い、全身の気だるさは眠ってしまっていたからだろうか、それに加えて何だかベトベトとするのは汗をかいたからか。あぁ、やはりさっきからチョコの香りが強すぎる。
「まだ半覚醒、かな?どうする劉、まだどちらが先かを決めていないだろう?」
「なら、最初にこの男と目が合った方が先、というのはどうだ?」
「うん、それなら公平だ。文句は無いよ」
何を言っているのか、ひとつも頭に入ってこない。この声は、多分劉と瑠夏のものだろう。なぜか動かない両腕がわずらわしく身を捩りながら二人の顔を探せば、猛禽類のような瞳とぶつかった。
「ククッ、私だな」
「あーあ、残念。じゃあ、ボクはチョコの方を頂くよ」
「ん……お、い……っああ……!」
腹への鈍痛に、悲鳴のような声が上がった。強制的に覚醒させられた意識は、ようやく今の状況をはっきりと認識する。目の前、恐ろしい程近くに劉が居て、後ろから俺を支えているのは瑠夏だろうか。うなじを生温かいものが這っていって、思わず身体を震わせた。
「っあ……一体、何、を……」
「薬を飲ませてここに連れてきただけだ。そう不安がるな」
「それで不安がるなって無茶だよ劉、でも本当に、危害は加えないから安心してくれ」
「はっ……ぁ、劉、抜、け……っ!」
「賭けに勝ったのは私だ、貴様も腹を括って楽しめ、デスサイズ」
「そうだよJJ、ほら、折角色々準備したんだから」
後ろから伸びてきた指に腹をなぞられ、そこから掬ったらしいものを唇に塗られる。さっきからの甘ったるさはどうやらこれだ、視線を自分の身体に移せば、肌の上にべっとりとチョコが塗られていた。
「何て書いてあるかくらいは、寝起きの頭でもわかるだろう?」
「動く、な……っあ、あ……!」
身体を揺さぶられ、もう文字を読むどころではない。そもそも書いてあるのは英語のようで、俺から見れば逆さまのそれは酷く読み辛かった。顎を掬われ、チョコのついた唇に瑠夏がキスを落としてくる。味わうように舌で唇をなぞられてから、瑠夏がそのチョコより甘い声で耳元へ囁きかけた。
「Happy Varentine,eat me!……ふふ、JJに、チョコになってもらったんだ」
「ひっ、あぁっ!勝手、な、っ、事……んんっ!」
「ん……抗うな、たっぷり貴様を味あわせろ」
劉の長い口付けが終わると途端仰向けに倒され、瑠夏の舌が肌の上をなぞっていく。劉の動きはいよいよ容赦がなくなり、まだいくらも状況を理解出来ていない俺はただ二人が与えてくる感覚に翻弄されるしかなかった。
思い出せたのは今日が2月14日という事で、ただでさえ町中が甘ったるくなり苦手だったバレンタインが、今日この日最悪な印象に変わったのは、言うまでも無いだろう。
【終】
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【誘惑を取り除く唯一の方法】霧生×JJ
仕事の報告に来たんだ、ただそれだけで、ボスといいパオロ達といい俺たちを最近ことごとくセットで扱っているのは不満でしかない。ない、のだから、こうして気分が浮き立つ理由に心当たりなどない。
JJの部屋のドアをノックする、返事が無いのはいつものことだ。さっきより強く叩けば、ようやく「何だ」と気だるそうな声が返ってくる。
「霧生だ、追加の資料を渡しに来た」
「……」
うんともすんとも聞こえてこなかったが、代わりにドアが開いた。中に入れば銃の手入れをしていたらしいJJが、ベッドの上から細々としたものを片付けている。
オイルで毛布やシーツが汚れると言っても聞き入れやしない、染みになっていないかジッとベッドへ視線を向ければ、JJの笑う気配がした。
「随分大胆な誘い方だな、霧生」
「は?……ち、違う!」
「冗談だ、真に受けるな」
小さく笑い続ける男に向けた衝動、それはきっと意表をついてやりたくなったんだろう。ゆるくベッドに腰掛けたままのJJに近付き、肩に両手を置く。不思議そうな表情で見上げてきた奴に、目を瞑ってキスをした。
ガチ、と歯がぶつかる。唇も上手く合わさっていなくて、慌てて目を開け重ね直すと、勢いのままにJJを押し倒した。
「っ……ん……」
抵抗されるかと思った、して欲しかった、どうしてこいつは素直に俺に押し倒されているんだ、意味がわからない。ぐるぐるしたまま、しかし想像以上にキスが気持ちよく、何度も唇を押し付ける。
「……抵抗、しないのか」
「して欲しいのか」
「いや……その……」
「それで、どうする?」
煽られているのがわかりながらも、俺はそこから動けなくなってしまった。マフラーが外れて胸元が見える、白い喉に目をやれば、ついごくりと唾を飲み込んでしまう。
いいのか、いいなら、いいのか? 頭がどうにかなりそうな焦燥に急き立てられ、覗く肌に指先で触れた。想いも伝えてない、いや想いとはまず何だ。こいつにそんな感情を持っていたのか、自分でも自分がわからない。
突然入り込んできた余所者だ、ボスにずけずけと近付いて、一方でこうして俺に許す。何がしたい、惑わす気か、それともJJは、まさか俺が好
「JJ、ここに霧生は居るかい?」
突然のノック音と、聞き慣れた声。ボスの来訪に固まる俺を尻目に、押し倒されたままのJJは顔だけをドアの方に向け、まるで何事も無いような表情で口を開く。
「……今取り込み中だ。後で向かわせる」
「おっと、邪魔したね。なら二人一緒に来てくれ、口頭で説明したい事がいくつかある」
「わかった、すぐ向かう」
遠ざかっていく足音、さっきは何故これが聞こえなかったのだろう。心臓の鼓動がうるさかったからだというのは、鼓膜まで叩く音で気付いた。
JJが俺を押し返す、力なくベッドに座り込んだ俺に構わず立ち上がるとドアまで歩いていき、開く前に振り向いてまた小さく笑う。
「続き、したいならさっさと行くぞ」
「……お前の貞操観念は、どうなってるんだ」
「お前だから許したとは思わないのか?」
バッと顔を上げるが、すぐにJJはその身を廊下に隠してしまった。最後に見えた、こげ茶の髪から覗いた耳が赤かったのは気のせいじゃないだろう。照れていたのか、あれで。
「わかり辛い……」
ひとりごちて、のろのろ立ち上がるとJJの後を追って部屋を出た。今はとにかく仕事に集中しなければ、廊下を速足で行きながら何度も煩悩を追い払おうと首を振ったが、ボスの部屋の前で待つJJを目にすれば、その努力は無駄だと悟る。
せめてボスに気付かれないよう願うばかりだが、きっとそれも無理だろうと、俺は頭を抱えたくなった。
【終】
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【上手なライバル宣言の仕方】瑠夏×JJ←パオロ
「あ、ボスの匂い」
すれ違い様にそう呟かれ、俺は少しだけ慌ててその男へ振り向いた。ニコニコと、俺でも可愛いと思ってしまうような笑みを浮かべているパオロは、視線を向けられた事でより機嫌が良くなったようだ。
「可愛いなぁJJ、慌て過ぎだよ」
「……匂い、は」
「香りがしたのは本当、でもそんな露骨に反応してたらすぐバレちゃうよ?」
腕を上げ自分の匂いを嗅いでみてもよくわからない、本当に瑠夏の香りなど自分からしているのだろうか。少しだけだよ、という言葉に騙され、いやもうそうして騙されるのが何度目かすらわからないが、昼間には随分相応しくない事をしてきてしまった身としては、パオロにそれすら見抜かれてしまったようで気まずかった。
「いいなぁ、ボス」
「は?」
「一目見たときから、ボクも結構君の事、気に入ってたのに」
そう言って近づいてきたパオロから距離を離す、また近付いてくる、離れる。背中が壁にぶつかり、パオロが「ほら、油断」と俺を囲うよう両側に手をついた。
迫ってきた顔に浮かんでいるのはいつもの微笑みだが、目を瞑ったら何をされるか、ここまでくればわかってしまう。
「キスするから、目を閉じてよ」
「……止めてくれ」
「えー駄目?」
「パオロ」
強い拒否も出来ず、俺よりやや身長の低い身体を押し返そうとするがパオロは離れようとしない。廊下の向こうから人の気配を感じて、しかしそっちに気を取られた一瞬で唇をパオロのそれが掠めた。
「っ……!」
「JJ、ボスが来るよ」
「な、離れ……!」
「……あれ、JJにパオロ。何してるんだいこんなところで」
間に合わなかった、先程まで嫌という程に聞いた声は、心なしか温度を下げている。傍に立たれた気配にも顔を上げられずいると、突然伸びてきた手に顎を掬われた。
「んっ……!う、ん……っ」
「ん……愛し合って早々に浮気なんて、お仕置きだよJJ」
「ち、違う」
「違わないよねJJ。ねぇボス、僕もJJが欲しいんですけど」
物を欲しがる子供のような無邪気さでそう告げてきたパオロに、瑠夏は瞬間目を細める。しかしすぐ肩を竦めると、俺を抱き寄せつむじ辺りに顎をのせながら、「駄目だよ」と笑った。
パオロの笑顔は変わらない、裏も何もなさそうな、とても先程とんでもない発言をしたとは思えない冷静さだ。俺は意味もなくハラハラしながら、ただ正面に立つパオロを見つめる。
「君を交えて、っていうのも、楽しいかもしれないけれど」
「は……おい、瑠夏っ」
「あんなに可愛いJJの姿はボクだけが知ってればいいから、いくらパオロでも見せてはあげないよ」
髪を撫でられ、こめかみに唇が触れてきた。ああ、確かにこれだけ頻繁に抱き締められていれば、この身体のいたるところに瑠夏の香りが染み付いているだろう。
今度はパオロが肩を竦め、「あーあ、残念」と呟いた。その軽さで俺はようやくからかわれていた事に気付き、恨みを込めてパオロを睨む。
「じゃあ諦めます、今日は」
「……へぇ」
「ねぇボス、JJは身内に甘いですから、目を離さない方がいいですよ」
そう言って身を翻し、鼻歌交じりに廊下を引き返していくパオロ。角に消えたのを見送ってから、瑠夏が小さく唸った。
「……火をつけちゃったかな……JJ、今後は身内でもこういう隙は見せるなよ」
「あ……あぁ」
「それとは別で……キミには、お仕置きが必要だね」
「は?」
「ボク以外の男とキスをした、重罪だよJJ。死にたくなるくらい、たっぷり愛してあげる」
「おい、さっきしたばかり……っ、瑠夏!」
腕を掴まれまた瑠夏の部屋への廊下を戻っていく羽目になり、その最中瑠夏の言葉の不穏さに身を震わせた。俺を見るその瞳が少しも笑っていない、瑠夏自らが開いてくれたドアの先に身体を押し込まれ、すぐ鍵の閉まる音。
牙を剥いて噛みついてきた獣に、俺が抗える術など残されていなかった。
【終】
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【チョコを忘れちゃお仕置きよ】宇賀神×JJ
「ほら、もう一個です」
「……いい加減に」
「まだ、反省の色が無いようですね、JJ?」
触れてくる唇の甘さに、俺は逃げられないとわかっていながら尻をずらして後退する。ソファーに背を押しつければ、宇賀神が俺の脚の間に自分の膝を割り込ませてきて、そのまま両手で俺を囲んだ。さぁこれで逃げられませんよと、その口元が妖しく笑う。
「恋人甲斐の無い方だ、バレンタインにチョコもくださらないなんて」
「俺に、そういったものを期待、んっ」
「……ん……ですから、こうして埋め合わせをしているんじゃありませんか。反省なさい」
「ふ……っ、んぅ……」
宇賀神がトリュフチョコを咥え、俺の唇に押し当てた。拒めばまたネチネチと嫌味を言われるのだろう、仕方なく開いた口にチョコごと宇賀神の舌が割り込んできて、その甘さにまた眉を顰める。
宇賀神からチョコを貰った、けれど俺は渡さなかった。それが気に入らないらしく、奴は先程からこうしてチョコを俺に与え続けている。洋酒の混じっているだろうそれはいくら控えめといっても甘く、溶け唾液と混じり合ったものを全て飲み込むまで終わらない深いキスのせいもあって、妙な具合に酔いそうだ。
「あぁ……貴方のそんな顔を見るのは、随分と久しぶりだ」
ぺろりと自分の唇を舐める宇賀神は頬を赤く染め、興奮した様子を見せている。膝が押し付けられ僅かに反応を見せてしまっている場所を緩く刺激されれば、この男が何を始めようとしているのかはわかった。
「チョコの代わりに、貴方を頂きます。貴方を抱きたい」
「宇賀神……っ、待て、おい……!」
「今自分がどれほど色っぽい表情をしているか、自覚はありますか?無くては困る、貴方はそうでなくとも、男を誘う雰囲気を纏わせているのですから」
ソファーに押し倒され、宇賀神の手が俺の服にかかる。抵抗する度キスをされて、もがく力を奪われていく。キスが上手い恋人というのは、こういう時本当に厄介だ。
露出した肌の上を熱い舌がなぞっていき、俺はくすぐったさに身を震わせる。両手は指同士を絡ませるようにして握られ、ソファーに押し付けられた。覚悟が出来ないままに、身体だけは宇賀神に抱かれる準備が出来てしまう。
「貴方のこうした姿を知るのは、もう私だけです」
「っあ……宇賀神、待……っ」
「待ちません。私が満足するまで可愛い声を沢山聞かせて、たっぷりと楽しませてください」
ベルトが外される音に、そろそろ腹を括らなくてはいけないようだ。眼鏡の向こうで光る瞳を最後に睨みつけてから、俺はせめて痛くされないようにと、諦めて身体の力を抜いた。
【終】
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【性質の悪い男に捕まった話】王+魚住
魚住の機嫌が良い時は、儲け話が上手くいった時かそれ以外だと儲け話を見付けた時だ。それ以外で笑っているところなど営業スマイル以外ではほとんど見た事はないし、俺に対しては愛想笑いすらほとんどしない。
俺を小馬鹿にして面白がっている事はあるが、そういう笑顔は遠慮したかった。だが奴は、今日もそうして笑っている、うんざりとする俺の隣に肩を並べながら。
「王って本当に面白いよね」
「どういう意味だ」
「そのまま?」
なんとなく行動を共にする事が多く、なんとなく話を続けることが多く、離れていたところで思い出しはしないが、久々に会えばそういえばしばらく会っていなかったと気付く。俺たちの関係はそんなものだ。
「実際さー」
「あ?」
「王とJJに、もっとうちの店のヘルプで来てもらえれば売上伸びると思うんだよね」
「おい」
「コアな客って一途だからさ、しかも金に頓着しないし、数人そういう客から指名貰えたら随分違う」
「やらないからな、俺も、JJもだ」
王はJJに甘いんだから、と不満そうに腕を組みながら先を歩いていく魚住に、俺は溜息しか返せない。こいつに任せればどんどん間違った知識を増やしていきそうなあの男を放ってはおけないし、自己犠牲のつもりはないが、魚住に遊ばれるのは俺だけで充分だろう。
「あ」と呟いてからタン、と床を蹴って振り向いた魚住は、よく知る顔を、人をからかう時の表情を浮かべていたから、余計にその思いは強くなった。
「何、もしかして嫉妬?」
「アホか」
「だよねー王からとかキモいったらない」
ケラケラと笑う魚住の後頭部を叩き、さっさと行くぞと前を歩く。「はいはい」というやる気のない声の後、少し離れて不満げな足音が聞こえた。見た目通り猫っ毛な感触が掌に残り続けたので、もやもやとする感情ごと潰すようにポケットへ手を突っ込む。
隣に並んだその姿を直視出来なかったのは見る必要がなかったからで、さっさとこの先のエレベーターで別れたいと歩く速度を上げながら、何急いでるのさと相変わらずすぐ傍の声に「うるさい」とだけ返した。
【終】