瑠夏×JJ
【覚えのないbittersweet】ホワイトデー話
「JJ、今日はホワイトデーだよ?」
「は……そう、だな。それがどうかしたか?」
満面の笑みで聞いてくる男に、俺は素っ気なく答えを返す。瑠夏は不満そうに俺を後ろから抱き締めのしかかってくると「どうかしたか、じゃないだろう?」と溜息混じりに囁いた。
「お、おい瑠夏、人が来たら……っ」
「どうでもいいよ。そんなことより、ボクにお返しは?」
「は?」
お返しは、と言われても意味がわからない。いや、先程の会話から、ホワイトデーなのだからバレンタインのお返しをしろというのはわかるのだが。
「バレンタインに何かを送られた覚えは無いぞ」
先月の14日、屋敷の中は甘ったるい香りが充満していたことを覚えている。しかし俺はチョコやそれに類する物を贈られた覚えは無い。
……霧生やパオロ辺りは、瑠夏にチョコを貰ったと騒いでいて若干面白くなかったが……まぁいい。
「やだなぁ、忘れちゃったのかい?」
耳に触れる瑠夏の声に妖しい響きが混ざり、嫌な予感に身体を離そうとすれば、それより早く前に回された腕できつく抱き締められてしまう。
「バレンタインの夜、いつも以上にたっぷり、愛してあげたじゃないか」
「っ……!!」
思い出させるためか耳の裏をぺろっと舐めてきたことで、俺の身体はぞくりと震えた。確かにあの夜はいつもよりしつこかった気がしたが、まさか……
「キミ、甘いもの苦手だろう?だから代わりにと思って」
「アンタ、そんなこと一言も……っ」
「言わなかったっけ?まぁいいじゃないか」
よくない!と抵抗を続ける俺を無理矢理引きずりながら自室へと歩いていく瑠夏、扉を開く前に告げられた言葉は、俺を戦慄させるに充分過ぎた。
「そうだ、ホワイトデーは3倍返しが基本だからね。頑張ってもらうよ、JJ?」
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【蜜月の鼓動】
「っ……瑠夏?」
「んー?ふふ、JJ……」
散々貪られた後のベッドの上、ぐしゃぐしゃになったシーツに寝転がり毛布に包まりながら身体の熱を冷ましていると、瑠夏が俺をぎゅっと抱き締めてきた。首筋に顔を埋めながらじゃれつかれるとやわらかい髪の毛が肌に当たってくすぐったい。
「どうかしたのか?」
「いや、どうもしないよ」
「そ、そうか……」
俺より高い体温の素肌が触れ、穏やかな心音がすぐ傍で鳴っている。自分の鼓動も同じように瑠夏に届いているのだろうか、そう考えると少し照れくさかった。今こうして抱き締められただけで、落ち着き始めていた心臓はまたうるさく鳴り出している。
「……ボクの腕の中に居るのは、落ち着かないかい?」
少し寂しそうな声色に、俺は自分の身体が無意識に固くなっていた事に気付く。瑠夏は俺の身体を包み込むように抱き締めているので、微細な反応も伝わってしまうのだろう。違う、と口にするが後に続ける言葉が出てこない。
何と伝えればいいのか、どうすれば瑠夏はそんな困ったような笑みを浮かべないでくれるのか、言葉の代わりに瑠夏の背に自らも腕を回す。どうしてもぎこちなくなってしまうのは許して欲しい、あまり、こういうことは慣れていないのだ。
「JJ……」
「無理はしてない、その……アンタの腕の中は暖かくて……気持ち良い」
額をそっと瑠夏の胸に触れさせる。身体を繋げているときより、こうして抱き締め合っているときの方が恥ずかしいという俺はおかしいだろうか。心音は落ち着かず、妙にそわそわしてじっとしているのが困難だ。
「……好きだよJJ、愛してる」
「る、瑠夏……」
「眠るまでこうしていよう。眠っても、離さないけどね」
悪戯っぽく笑う瑠夏の声が降ってきて、つむじに口付けられる。そうして更に身体を密着させてくる瑠夏に苦しいと文句を言いそうになるが、言葉を飲み込むと俺も瑠夏へ抱きつく腕の力を強めた。
眠るのが勿体無いな、と、ふとよぎった自分の思考に、頬の体温だけが余計に上がった。
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【しっぽのわけ】カフェカウントダウンネタ
「さて、採寸も終わったし、次は接客の作法だね」
「……まだあるのか」
正直、色々されすぎて休ませて欲しいというのが正直な所なのだが……しかし、オーナーの言うことは絶対だ。折角手に入れた職を失いたくはない。重たい身体に鞭を打ち立ち上がると膝が崩れる、倒れ込みそうになったところで瑠夏が俺の身体を支えてくれた。
「っ、と……大丈夫かい?」
「あ、わ、悪い……」
「いいよ。ははっ、ちょっとやりすぎたかな?」
悪びれもしない表情で俺の額にキスを落としてくる瑠夏、そう思うなら手加減を……いや、そもそもあんなことをしないで欲しい。
「んー……JJ、キミ」
「んっ……何、だ」
首の後ろを撫でられ、先程までの名残を含んだ声があがった。しかし気にすることなく、そのまま瑠夏の指は髪をくるくると弄んでいる。
「ちょっと、後ろ髪が長いね。接客はお客に姿を見られる、髪もきちんとしないと」
アンタが言えた義理じゃないだろう、そう呆れていると、瑠夏はどこから取り出したのか黒いゴムで俺の後ろ髪を結んでしまう。
「これでよし、可愛いよJJ。ふふ、今日は無理をさせちゃったし、あがってくれていい。明日からはその髪型で来るんだよ?」
「……わかった」
「作法はまた今度、ね。また明日もよろしく、JJ」
明日からもこの男に何かされるのではないかという危機感はあるが……今は考えないことにしようと、結ばれた後ろ髪に手をやりながら思った。
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【愛を、】
「Ti penso sempre」「Mi mancherai」「Vedi come sono pazzo di te?」「Vorrei essere vicino a te」「Vicino a te, Il mondo sembra sempre bellissimo」
(いつもキミの事を考えている)(キミがいないと淋しい)(ボクがどんなにキミに夢中か分かる?)(キミの傍にいたい)(キミの傍にいると、世界がいつでも美しく見えるよ)(…………)
淀みなく紡がれる愛の言葉に、俺は早くなる心音と顔の熱を感じながら口を開く。
「……よくそんなに口が回るな」
「ん?もしかして、わかるのかい?」
「違、その、俺もイタリア語くらいわかっていた方がいいかと学んだだけで……っ」
すっかり瑠夏に委ねていた身体をきつく抱き締められ息が詰まった。そのまま額や頬にしつこく口付けを落としてくる男を押しのけようと腕を伸ばすが、その腕を取られそこにもキスの雨が降ってくる。
この男の愛情表現はいちいち過剰だ、嫌な気がしていない自分も大概ではあるが。
「じゃあ、キミもボクに愛の言葉をくれる?」
「……何でそうなるんだ」
「間違っていないか、ボクがチェックしてあげるよ」
俺の唇を指先でなぞりながら、瑠夏は甘えるようにねだってきた。この男は、甘えるのが苦手だなんだと言っておきながら、俺を絆すのは随分と上手い。
「……」
「JJ」
唇をなぞっていた指が今度は喉をくすぐるように触れてくる。諦めて口を開き、覚えたての拙い発音で瑠夏の求める言葉を紡いだ。
「……Mi baci」
「……上出来だ」
俺の求めた通り、唇へキスを落としてくる瑠夏。それが深くなり俺の身体はやわらかいベッドへと倒される、耳に触れる瑠夏の吐息は熱い。
「Gattina mia,Mi baci」
誰が子猫だと、不満な気持ちごとぶつけるように瑠夏へ口付ける。間近に見た瑠夏の目元は、嬉しそうに緩んでいた。
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【愛すれば愛されますか】
例えば愛する事が愛される事に必要な要素でそれを満たせば望むものが得られるとする、しかしそれを与えられなかったとしても求める事は止められないしかといって無味乾燥に感じる程のストイックさも持てない。
俺はあの男に愛されたい。
「キミはボクのものだよ、JJ」
でもアンタは俺のものではないんだろう?そう問いかける事はどうしようもなく無意味で、俺は口を閉ざし瑠夏の望むように身体を開いた。瑠夏は俺にとっての唯一になってしまったから、自分から触れることは恐ろしい。拒絶されればきっと俺には何も無くなってしまうのだろう、それは全てを捧げると決めた男に殺されるのと同義だ。
今までを思えば、随分幸せな終わり方にも感じるが。
「JJ、ボクを見て……ボクのことだけ考えて」
「あぁ……」
この言葉に熱を欲しがるのは浅ましい事だろうか、愛の求め方など知らないから。それでも瑠夏に包まれていたくなるこの感情は、自分の身に代えても守りたいと願うこの衝動は、きっとそうなのだろう。
だから愛してくれと、釣り合いのとれない代価を求められる程に自分が愚かであればよかったのかもしれない。ただ苦しいばかりの、俺が瑠夏へ捧げる愛情。
愛、なんて慣れない単語に居心地の悪さを感じた。一生縁のないものだと思っていた分余計に、触れるとこれ程に熱いのかと驚く。
「瑠夏」
「ん?」
「……瑠夏」
愛している、愛する事が愛される事の始まりならば、アンタのために死ぬその日まで俺はこの気持ちを抱えて生きていける。愛しているよ瑠夏。アンタに愛されたいと願う程に、愛している。
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【恋しい重さ】
「瑠夏、重い……アンタ太ったんじゃないか?」
座っている俺へ甘えるように身を寄せ、体重を預けてきた瑠夏がびく、と固まる。顔を覗けばその表情も同じだった。
「JJ……今、何て?」
「重い、と言った」
「……ボクが?」
「……アンタ以外ここに居ないだろう」
瑠夏以外が居たならばそもそもこの状況を許容しているわけもない、お互いの体温を感じ合うことは2人きりのときだけだ。……そう、俺は決めているが、この男はあまりその約束を守ってはくれない。触れたくなれば触れてくる、周囲に人が居ようが居まいがお構い無しにだ。
こうして体重を預けられるのも始めての事ではない、だからこそ余計にその些細な変化が気になってしまった。
「見た目にあまり変化はなく見えるから、気付かなかったな」
「そう、かな……」
「運動でもした方がいいんじゃないのか?付き合うぞ」
酷く落ち込んだ様子の瑠夏に、言葉が悪かったかとフォローを入れてみるが余計に暗い顔をさせてしまうばかりだ。瑠夏は更に身体を触れ合わせるように俺の腰を抱き肩に頭を載せてくる、そんなに落ち込ませるつもりは無かったのだが、と載せられた頭を撫でると額が擦りつけられた。
へこませておいて何だが、この瑠夏は可愛いと感じてしまう。いつもの威風堂々とした瑠夏も勿論、時折こうして俺に見せてくれる顔を知る度に、この男を愛おしいと感じるのだ。この穏やかな感情を持つ事が出来るようになったのは、瑠夏が俺にそれを与えてくれるからだ。
信じる事の苦手な俺を知ってくれているから、惜しみない愛情を見せてくれる、受け取り切れないそれごと包むように抱き締めてくれる。
「……じゃあ、手伝ってもらおうかな」
「あぁ構わない。何をするんだ?……って、おい」
腰に回された瑠夏の手が位置を上げていき、服の上から胸を撫で回してくる。顔が上がったかと思えば唇と舌は首筋を這い、嫌でもこの先何をしようと考えているのかが伝わってきた。
「運動、するんだろ」
「これも運動だろ?夜の、ね」
「っ、止め……んっ」
瑠夏は俺の唇を塞ぐと、いつものように俺の理性ごと蕩けさせるように深く貪ってくる。苦しさにしがみついた腕も徐々にその力を失くし、今度は俺が瑠夏に身体を支えられる羽目になった。
「……ずるいぞ、アンタ……」
「キスだけで気持ち良くなっちゃうキミも悪い。ほら、ベッドに行こう?」
さっきまでの暗い表情はどこへやら、俺の頬にキスを落として見せた笑顔は先程のキスと同じように蕩けている。その笑みに絆されるように俺は瑠夏に寄りかかりながら共に立ち上がる、瑠夏より俺の方が痩せるのではないかと、冗談にもならないような事を考えながら。
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【犬も食わない四月馬鹿】4月1日
「瑠夏、今いいか?」
JJが神妙な様子で声をかけてくる。正面に立ち瞳を真っ直ぐに捉えると、彼は少しだけ躊躇うような仕草を見せた。心なしか頬がうっすら赤く染まっているような気もする。それを見て少しだけ心音が早くなる、彼にとっては無意識の事なのだろうが、それでもその表情はボクの感情を揺さぶるのだ。
そっとJJの腰に手を回した。JJの熱が伝わってくる、愛おしさに形があるのならきっと彼のような姿をしているに違いない。誰もが触れたくて仕方のなくなる、強く優しい形を。まぁ、ボク以外が彼に触れることなど許すつもりは無いのだけれど。
「……その」
視線に耐えられなくなったのか俯いてしまったJJはごく、と唾を飲み込むとまた顔を上げた。頬の色はその濃さを増している。
「俺は、アンタを誰にも渡したくない、俺の全部はアンタのものだ、いつだって好きにしてくれていい。だから瑠夏も、俺のものだという、言葉を……っ」
JJは何かを堪え切れなくなったように言葉を切ると、ボクの身体を押し返し腕から逃れ少し距離を取った。いつも恥ずかしがる彼が驚く程素直な言葉を告げてくれた、続きを促していいものか、でもボクはそれを聞きたい。何を思ってJJが口にしてくれたのかはわからないがここまで告げてきたのだ、なら最後まで言ってもらう。
一気に距離を詰めその身体をきつく抱き締める、突然の抱擁に身体を固くし逃げようとかもぞもぞ動いていた彼も、ボクに離す気が無いのを知ると諦めたようにおとなしくなった。
「JJ、続きは?」
「っ、その……違う、さっきのは」
「ん?」
「エ、エイプリルフール、だ」
JJの口から告げられるには違和感のある言葉。イベント事には疎すぎるJJがそこまでメジャーとは言えないエイプリルフールを知っていることに驚き、思わず聞き返してしまう。
「キミ、エイプリルフールを知っていたのかい?」
「調べたんだ、朝その……騙されて」
「調べた?ふぅん……ねぇ、なら」
可愛さのあまり加減を忘れ抱き締めてしまいそうな自分を落ち着かせる為、ゆっくりと言葉を紡ぐ。表面だけ知っているならば先程の言葉も嘘と受け取れるが、詳細を調べたならばきっと、
「嘘を吐いていいのは午前中だけっていうのも、勿論知っているよね」
無言は何よりわかりやすい肯定の証だ。嘘に混ぜて本音を告げようとした彼のいじらしさに口元が緩んでいくのがわかった。
「ボクもキミのものだよ、決まっているだろう?だから好きにしてくれていいんだよ?」
「何、言って」
「でも今夜はボクがキミを好きにする、そうしていいと、キミは言ったよね」
「……それじゃあ、いつも通りだろう」
不満そうに言いながらも身体を、熱を離そうとしないJJをきつく抱き締めたまま、その唇に触れる。夜の約束はまだ少しだけ遠い、深くなりそうなそれをどうにか止めるのは辛かった、その分も、夜JJにぶつけることにしよう。
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【トムキャットを欲しがるならば】
男は猫に似ている、いや、猫というよりはそれに類する更に上位の存在、人づてに聞く獅子と称してもいいだろう。そしてその生物の習性は、そのままこの男も持ち合わせているように感じていた。獲物を追う、動かないものではなく、逃れようとするものを狩ろうという悪癖を持っている。瑠夏は、俺の目から見るとそういった男だった。
懐に招き入れたものは勿論大切にするが……そこでおとなしくしているものよりは、自分が簡単に捕まえられないようなものを好み、追いかける。男の目を欲するならば従順なしもべではいけないのだ。
「JJ」
熱を孕んだ声が背中にかけられる、同時に肩に置かれた掌も高い温度を伝えてきて、それだけで身体は瑠夏を求めたがる。しかし自分の感情を裏切り、俺はその手を払うと男へ向き直った。つまらなそうにその顔を見れば、瑠夏はどうしてか口角を上げ獰猛そうな牙を覗かせる。
あぁ、アンタは本当に獣のようだ、疼く本能に逆らえず、同時にそれを楽しむ事が出来るのだから。
「何だ、瑠夏」
「今日、ボクの部屋に来てくれるかい?」
「悪いが疲れている、自室で休みたい」
「一昨日も、そう言っていたね。そんなに疲れるような仕事は任せていないはずだけれど?」
じりじりと追い詰められていく感覚、この男を前にしただけで逃げ道のほとんどは塞がれてしまう。そこを抜けていくような狡猾さが必要だ、捕まれば、瑠夏の餌になるしかないのだから。
「悪いな、まだここでの生活に慣れていないんだ」
「ふぅん、気疲れしたってことかな」
「そうだな……もういいか」
確認というよりは、会話を打ち切るための言葉を吐き俺は踵を返す。瑠夏の舐めるような視線を、特に肌の露出したうなじ辺りに強く感じた。そうだ、アンタは俺を見ているといい。手に入りにくいものほど欲しくなる、かといって自分に興味のないまま奪ってしまうのではつまらない。僅かでも俺がアンタを見つめる瞳に熱を持たせてしまえば、それで狩られてしまうだろう。
もっと、もっと俺を欲しがってくれ、手に入れた瞬間から俺以外欲しくなくなる程に。ぞくぞくと快感にも似たものに身を委ねながら、瑠夏を一度も振り返ることなく自室へ身体を滑り込ませた。
アンタはいつ俺を喰ってくれるんだ、と、瑠夏と同じ笑みを口元に浮かばせながら。
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梓+子JJ
【密林の中の迷子】
ここはどこだろう、鬱蒼と生い茂る木々は息苦しい程の匂いを漂わせ、その中には不釣り合いな焦げ臭いような匂いが混ざる。周囲を見渡せば、少し開けたその場所にぽつんと……俺よりいくつも下だろう男の子が、茫然とした様子で座り込んでいた。
服も肌も泥だらけで、無数の傷が痛々しい。髪の色とその顔をよく眺めれば、それは俺の知る人物によく似ていた。が、俺の知るそいつは俺より年上で、知る限りの記憶の中ではこんな風に泣く寸前のような表情で途方に暮れていたりはしない。
あぁでも、本当にそうなのだろうか。俺の知るあの男はきっと全てではない、現に、俺と出会う前のあいつのことは、何一つ知らない。
何かに怯えるよう震える身体が酷く哀れで自然と手が伸びた。俺を見る瞳もまるで定まっていない、まるで全て無くしてしまったかのように空っぽだ。両腕で抱き寄せれば、その身体は俺よりずっと小さく感じた。
「……もう、大丈夫」
ふと口を吐いた言葉は、ありきたりな慰めの台詞だった。それでもそれ以外にかける言葉は見つからない、震える身体を宥めるように背中に回した手で背中をぽんぽんと軽く叩く。
どうしてこんなに震えているのか、何をそんなに恐れているのか、ひとつもわからないが、俺はただ温もりを分けるように抱き締める腕の力を強めた。
これが夢でも幻でも、腕の中の子供が少しでも安らぐように、と。
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劉×JJ
【触れさせるのはどんなわけ?】劉BD話
髪を結えと言われ手渡されたものに、俺は数秒固まってしまう。いやこれをこの男がつけているのは見たが、てっきりあれ一度きりだと思っていたというのに。
「……おい、何を呆けている。さっさとしろ」
「あ、あぁ……悪い」
まだ慣れない手順をどうにか踏みながら劉の髪をいつもの櫛で梳かしていく、無駄に綺麗でサラサラと流れの良いそれだが、ひっかけたりすればどんな目に合わされるかは、身を持ってよく知っていた。出来る限り丁寧に櫛をいれ、渡された……劉の誕生日に俺が贈った髪留めで、なんとか髪を結う。
最初は上手くいかなかったが時折気まぐれのように言いつけられるのをこなしている内、今では失敗も無く結えるようになっていた、こんな腕が上がっても嬉しくは無いのだが。
「……出来たぞ」
「時間がかかり過ぎだ、ノロマめ」
「文句を言うなら、自分で……っ、劉……?」
劉は突然立ち上がると俺の頭に手を添えくしゃり、と髪を乱してくる。何のつもりだと払い除ければ、男の口元は楽しげに歪んでいた。……この男の思考回路は本当に不可解だ。
「いくぞデスサイズ、明日はもっと早く済ませるんだな」
「明日……って、おい、劉……!」
人の話を聞かず背を向け歩いていく劉に溜息を吐きながら、その姿を追う。横に並び見た口元は、未だ少し緩んで見えた。