願うのなら、届くのなら
毎月の誕生日会に加えて幹部は誕生日当日に1人1人誕生日会を開く、それだけでもここは本当にマフィアの組織なのかと呆れたものだったが、ここの連中はとことんお祭り騒ぎが好きらしい。
「ほらJJ、ぼーっと立ってないで手伝ってよ」
「あ……あぁ」
パオロにせっつかれ、奴の持っているものを受け取る。わさわさと生い茂っている葉が顔に当たり、俺は何度目かわからない溜息を吐いた。うんざりとしながら、これを調達して来いと言った張本人の部屋へと向かう。ノックをすれば、いつもより少し楽しげな様子で入室の許可が出た。かさばるそれをなんとか片手で抱えながらドアを開く。
「ありがとうJJ、そこに鉢と添え木、あと紐を用意してあるから括りつけてもらえるかい?」
「……わかった」
随分準備の良い、とまた溜息を吐く。キングシーザーのボスともあろう男がなにをそんなにうきうきしているんだ。
そもそもの発端は、俺たちのボスである瑠夏が「七夕をやろう」と言いだしたことにある。俺と、あまり表情には出していなかったようだけれど多分霧生は面食らったが、他の幹部や構成員は喜び勇んで準備に取り掛かっていた。今更俺たち2人が反対したところで状況が覆る確率はほとんどゼロだろうと、渋々他の奴らに混ざり瑠夏の望みを叶えるため動きだした。
それで用意したのが、この笹だ。世間一般の七夕ではこれに短冊、願いを書いた紙をぶらさげるのが風習になっている。織姫やら彦星の話は詳しくなかったが、それを口にすると何故か霧生がやたら熱弁を振るってくれた。おかげで何故1年に1回しか会えないのかという謎も解けたが、どうして霧生はそんなことに詳しいのだろうか。本人に聞いても「こ、このくらい常識だ!お前が世間知らずなだけだ!」と怒鳴られてしまったので深くは追求しなかった。随分事細かに話していたように思うが、もしかすると本当に俺がものを知らなすぎるだけで、あのくらい細かく知っているのが当たり前なのだろうか。
そんなことを思い返しながら、言われた通りふらふらと安定しない笹をどうにか添え木で支え、倒れないよう紐で括りつける。しっかりと立っているのを確認してから立ち上がり、改めてその笹と部屋の中をぐるりと見渡した。
……違和感がすごい。瑠夏の調和のとれた西洋風の部屋に、青々と生い茂る笹が1本、和洋折衷には程遠い取り合わせだ。
「瑠夏……流石にこれは、」
「ほら、JJ」
せめて置く部屋を変えるべきだと言おうとしたところで、長方形の色紙を渡される。さっきから熱心に何か工作でもしているのかと思っていたが、どうやらボス自ら短冊を作っていたようだ。瑠夏はやたらニコニコと上機嫌な表情で俺を見ている。これを、俺にも書けということだろうか。
「いい、俺は遠慮する」
「どうしてだい?願いの1つや2つ、JJだってあるだろう?」
「……思いつかない」
願いなど、ない。もしこの胸の奥に潜む思いを願いと言えば、叶いようのない期待を持ってしまうだけになる。そうでなくとも、これは人に聞かせ空に見せる類の願いではないだろう。尚もしつこく聞いてくる瑠夏を無視し、部屋を出ようとする。まだまだやることはいくらでもある、瑠夏も短冊を作っている暇があるならこっちを手伝ってくれればいいと思うんだが。
ドアノブに手をかけた瞬間、嗅ぎ慣れた香りに背中から抱き込まれる。首元に唇らしきものが触れて、ぞわりと肌が粟立った。
「っ……瑠夏、何のつもりだ」
「今夜、全部終わったらボクの部屋に来てくれるね?」
「おい、最近多くないか?昨日も、」
「キミがつれなくするから、ボクに夢中になってる姿が見たくなるんだよ」
「何、言って……」
「それじゃあ、また後で」
そう言って瑠夏はそっけなく身体を放してしまう。蘭の香りが離れていくのが淋しいなどと、女々しい感情を無理矢理飲み下し俺も振り返らずに部屋を出た。
七夕をやるといいつつ結局いつもと変わらない、違うことと言えば願い事をお互いに茶化しあいながらそれを肴に酒を飲むといった程度。多分後半は誰も七夕のことなど覚えていなかっただろう。そんな騒ぎを終えた夜、俺は瑠夏の部屋であられもない声を上げていた。
「ん……っ瑠夏、あっ!」
「うん、そうだ、その表情が見たかったんだよ、JJ……」
俺を壁に押し付け、後ろから激しく突き上げてくる瑠夏。熱い息が首筋に触れるだけで今の俺には震えるほどの刺激になっていた。
言われた通り部屋に来た途端、瑠夏は俺を後ろから抱き締め行為を始めた。せめてベッドに行かせてくれと抵抗したが、瑠夏は聞く耳を持たずそのまま俺を抱いている。壁に手をつき、崩れそうになる身体を支えながら必死に求めを受け入れていたが、そろそろそれも限界だった。すでに瑠夏も俺も数度熱を吐き出し、床の絨毯には広くあちこちに染みが出来てしまっている。最初こそこんな金のかかっているものを汚していいのかと気にしていたが、今では瑠夏の与える刺激でそれを考えているどころではなくなっていた。
「瑠、夏……っ、あぁ!」
また俺は桁がいくつなのかも知らない高級な絨毯に白濁を撒き散らしてしまう。それでも瑠夏の動きは止まらず、深く俺の中を抉る。程なく過ぎたばかりの快感の波が戻り俺を溺れさせていき、声を抑えるのも忘れ俺は喘ぎよがった。
「あっ……ん、もう、無理、だ、あ、あ……っ」
「ん……そうだね、辛そうだ……じゃあ、そろそろベッドに行こうか」
「っ……アンタ、まだ、ん、あっ」
「――っ……ふふ……まだまだ、たっぷり付き合ってもらうよ」
俺の中に何度目かわからない熱を吐き出し俺の中から出ていった瑠夏は、そのまま俺を支えながらベッドへと歩いていく。俺も瑠夏にしがみつきおぼつかない足取りでどうにかベッドへ辿り着くと、休憩もなしに瑠夏は俺をベッドへ押し倒した。
「瑠夏、まて、ちょっと休、んっ!」
「無理だよ、キミがボクを誘うんだから」
「誰、がっ、あ、あっ!」
「こんなに濡れた瞳で、ボクを見つめているのに?……ここだって」
先程まで瑠夏のものを飲み込んでいた場所にまたそれをあてがわれ自然と身体が震える、体力はとっくに限界のはずなのに。俺の反応を見て妖しく笑った瑠夏は、ゆっくりと俺の中を埋めていく。
「ほら、すんなり飲み込んでいく……キミは本当に欲しがりだな」
「違、う……っ、は、あ……!」
「……でももっと、素直に欲しがっていいんだJJ。キミの願いなら、ボクは叶えたい」
「あっ……瑠夏……っ!」
それがこの行為に対することなのか、それとも宴の前に問われた短冊への願いのことなのか、俺は判断できない。どちらにしたって、素直に求めることなど出来ないのは確かだけれど。
瑠夏のために生きていたい、けれど、瑠夏のために死にたいとも思う。この太陽に焼かれて死んでしまうのならそれすら本望だと思える。結局のところ傍を離れたくないだけなんだろう、この男の与える愛がなければ、きっともう俺は生きていくのも難しくなってしまっている。たとえそれが、俺の求めるものと形が違ったとしても。
今空には、1年に1度の逢瀬を交わす恋人が居るという。想いが通じているのに離れて生きることと、通じることなくすぐ傍で生きるのは、一体どちらが苦しいのだろう。
霧生の入れ知恵のせいか、今日は思考が随分と女々しくなってしまっている気がする。俺は考えることを放棄するため、両手で瑠夏に縋りついた。
「瑠夏……っ……っと」
「JJ……聞こえないよ……?」
「あっ、瑠夏……っも、っと、瑠夏、が……欲しい……っ!」
「……わかった、もっと沢山愛してあげるよ、JJ……」
「んっ、あ……っあ、あぁ……!」
瑠夏の抽挿が激しさを増し、俺は思考ごとどろどろに溶かされていく。自分が口走ったことを恥じる暇すらない程の瑠夏の求めに、俺は両手で縋りついて全てを受け入れる。これで満足できるといい、そうすることが出来ればもっと楽にこの男の横で息が出来るのだろう。瑠夏の言うとおり、俺は自分の思う以上に欲しがりだ。この男の与える愛が全て自分の元に来ればいい、そんな途方もない願いをもってしまう程に。
叶わないのならせめて瑠夏のために、瑠夏を守るために死にたいと。もし短冊に願うなら、きっとその方が届くだろう。
瑠夏へ苦しい位に縋りつく。蘭の匂いが、さらに強く香った。