泣きたくなる体温
腹の底が濁っていくような強い不快感を感じた。ここ最近はそれが頻繁で、自分でも嫌になるくらいだ。いっそこの場で頭を撃ち抜けばその感情ごと消えてすっきりするだろう、でも、それは出来ない。俺はあの男を生涯守り抜くと決めたし、なにより、
俺が居なくなれば、きっといつか奴のたった一人になれるだろう男の姿を、容易に想像出来てしまうから。
「ほら霧生、キミもビールばかり飲んでないで」
「ボ、ボス……その、すみません」
「謝ることはないけれど、ほら、ボクの好みを覚えてくれないと、な?」
いつものようなキングシーザーの宴、どいつもこいつも楽しそうに飲み食いをし、談笑している。俺はワイングラスを片手に壁へ寄りかかりながらその様子を眺めていた。全体を見渡してるつもりだったが、どうしてもある2人の姿に目を止めてしまう。
キングシーザーのボス、瑠夏・ベリーニと、幹部の霧生礼司。2人は1つのテーブルに並んで腰かけ、体を密着させながら酒を飲んでいる。どうやらビールばかり口にしている霧生に、瑠夏が無理矢理ワインを進めているらしい。でも、それにしては少し距離が近すぎるのではないだろうか。
……いや、瑠夏はスキンシップの好きな男だ、大体誰にでもベタベタとしているだろう。今更気にするようなことではないはずだ。少し酒をやりすぎたかもしれない、そういえば足元がややおぼつかないし、頃合いを見てここを出た方がいいだろう。
瑠夏の護衛なら、霧生が居る。あいつも酒を飲んでいるから運転は無理だろうがその辺はうまくやるだろう、俺の知ったことではない。この濁った気持ちを抱えながらこの場所に居たくなかった俺は、手に持っていたワイングラスを一気に胃へと流しこんでからドアを開け外へと出て行った。
冷たい夜風に吹かれても、一向に酔いは冷めていかない。どころかどんどん酷くなっているようにすら感じる。頭の中では先程の2人の姿が浮かんでは消え、その度に俺は壁を殴りつけたい衝動に駆られてしまう。ふらつく足でどうにか屋敷へと戻った俺は、自分に与えられた部屋へと戻りベッドに倒れ込む。
いつもはここまで酷い酔い方はしないはずなのに、一体どうしたって言うんだ。もうさっさと寝てしまおう、明日になれば未だ強く居座る濁った感情も飲み下せるはずだ。上着だけを脱いで適当に放り、目を瞑る。
「…………くそっ」
酒のせいでぼんやりとした眠気があるのに、一向に眠りはやってこない。さっさと眠ってしまいたいのに、眠れないことに苛々して余計に目が冴えるという悪循環が終わらなかった。もっと体を疲れさせてしまえばいいのか、しかしわざわざこのベッドから起き上がる気力はない。少しの間考えた俺は、半ばヤケになりながらズボンの前をくつろげた。
1回抜けば色々とすっきりするだろう、終わった後の疲労感もある、眠るためだと自分のものに手を添え無理矢理勃ち上がらせるように擦る。しばらくするとそれは固さを増し、粘ついた液体を先から漏らしていく。
「……は、ぁ……」
ぼんやりとした頭で、そういえば1人でするのは随分久しぶりだということを思い出した。そんな余裕もないくらい、俺を求めてくる男が居たからだ。
「んっ……あ、あ……っ」
ふいに瑠夏との行為の激しさを思い返してしまい、触れているものがさらに張り詰めていく。荒くなっていく呼吸に小さな喘ぎまで混ざってしまい、自分が異常に興奮していることに気付いた。頭の中では瑠夏が俺をいつもどう触るか、どう昇り詰めさせられ、果てていたかの想像が次々フラッシュバックしていく。
「あ……っ、瑠夏、も、う……」
手の中のものがびくびくと痙攣して、俺は絶頂が近いことを悟る。そのまま強く擦り上げ果ててしまおうとした時、ドアがノックされる。そうして、頭の中で想像していた声が、現実の耳にも響いた。
「JJ?居るか?」
「っ、瑠、あぁっ!」
びくりと揺れた手が図らずも最後のひと押しをしてしまい、俺は声を抑えることも出来ず手の中へと熱を吐きだした。同時に俺の声を不審に思ったのか、施錠もしていなかった扉を開け瑠夏が部屋へと入ってくる。
「JJ、今の声……」
「っ……瑠夏……」
俺の姿を見て、瑠夏は目を見開いた。俺は俺で見られた衝撃と達した脱力感で、その姿を隠すことも出来なかった。
「……用なら、後で聞く。今は、出て行ってくれないか……」
我に返り、体の向きを変えて瑠夏を視界から外すと、なるべくいつも通りに聞こえるよう瑠夏へ声をかける。この状況を見られたくないのは当たり前だが、先程までの行為中にその姿を想像していた気まずさと、まだ残る宴会での2人の姿を見た時の濁った感情が、瑠夏を視界に入れることを拒んでいた。
しかし瑠夏は俺の言葉など聞こえていなかったかのように、どんどんと近付いてくる気配がする。ベッドが軋む音に、俺は追い詰められてしまったことを悟った。
「おい瑠夏、聞いてなかったのか」
「聞いていたよ、もちろん。可愛いキミの言葉だ、一言一句漏らさずに、ね」
ふう、と、耳へ息が吹きかけられる。それだけで達したばかりの体はぞくりと震えてしまう、また小さく体に熱が生まれ、俺はその感覚を振り払うように瑠夏へ言葉をかける。
「っ……なら、出て行ってくれ。用があるなら後であんたの部屋に……っ、あ!」
瑠夏がいきなり俺のものへと手を添え、ゆるく擦り上げてくる。先程出したものが粘つく水音を立て、敏感になっていたそこはあっという間に固く勃ち上がってしまう。俺は体をひねり瑠夏を両手で押し戻そうとするが、ベッドに膝をついた瑠夏はその手をひとまとめに掴み抑えつける。その表情は妖しげに歪められ、これからこの男が何をしようとしているのか嫌でもわかってしまった。
「ふふ、すっかり敏感になってるみたいだな」
「瑠夏っ、止めろ、あ、ん……!」
「でも一人でするならボクを呼んでくれればいいのに、キミの可愛い姿、見てみたかったなぁ」
「何、馬鹿な、事、っあ、あ……」
瑠夏は俺の反応を見ながら手の動きを早めたり、緩めたりと、その焦らすような手の動きに、腰が浮いてしまいそうになる。達しそうになる度手の動きが止まり、俺は我慢できずに瑠夏を見て口を開く。
「瑠、夏……っ、焦らす、な、あっ」
「駄目、おしおきだよJJ。1人で勝手に帰った罰だ」
「何言って……アンタの、傍には、あっ……霧生が、居ただろ……んんっ!」
「……へえ、やきもちか?キミ、最近やたらと可愛いことするよね」
「知ら、な、あ、あっ……」
「これ以上ボクを夢中にさせて、どうするつもりだ?」
唇を俺の耳元に寄せると、そこに舌が触れる。時折甘噛みをしながら耳を嬲られるもどかしい感覚に、俺は体を左右に揺らしてしまった。
そうしながら囁く瑠夏の声がやたらと嬉しそうに聞こえ、俺は複雑な胸の内をぶちまけたくなってしまう。こうしてあんたの気に入る行動を取れば、俺だけのものになってくれるのか。俺以外の奴は抱かず、俺だけに触れ、俺だけに愛の言葉を囁いてくれるのか。
霧生と、あんなふうにベタベタと、見せつけるかのように触れないでくれるのか。
「瑠夏……瑠夏……っ」
「JJ?」
「抱いて、くれ、あ……っ、もう、我慢できな、あ、あ……」
びくびくと体が震え、先走りが俺の腹へと飛ぶ。果てることは出来ないのに達する直前の感覚が体に残り続け、俺は強すぎる快感に涙を流しながら瑠夏に訴えた。さっき一人でしていたとき以上に体は興奮し切っていて、俺に覆いかぶさっている男に脚を擦り付ける。
何も考えたくない、叶うことがない願いを持ちたくない。それなのにこのままでいれば、それを口にしてしまいそうだった。俺だけのものになってくれ、他の奴らを抱かないでくれ、多くの内の1人なのは、もう嫌なんだ。
緩められた手を解き、瑠夏にしがみついて自分から口付ける。舌を差し入れると、すぐ瑠夏の舌が絡みついてきて口腔を深く犯される。
「ふうっ……ん、はぁ……っ」
「積極的だねJJ……まったく、おしおきは無理だな、ボクが我慢できそうにない」
「瑠夏……あっ!」
俺の脚からズボンと下着を脱がせると、瑠夏はその脚を抱え後ろへと指を挿し入れた。数度抜き差ししてから指を増やされ、強く中を擦り上げられる。その感覚に堪らなくなった俺はねだるように瑠夏を見上げ、口を開く。
「も……いい、から……っ瑠夏のを、早く……!」
「でも、JJ……キミが辛いだろう?」
「いい、だから、瑠夏のを……瑠夏が、欲しい……っ」
「っ……今日のキミはどうしたんだ?そんなにボクを煽って……どうなっても、知らないよ?」
言葉を言い終えた瑠夏は後ろへ熱い昂ぶりをあてがい、そのまま一気に深く貫いてくる。待ち望んだ刺激に、俺はあっさりと熱を吐き出してしまった。その後も瑠夏の激しい抽挿は続き、俺は全てを受け入れるようにその背中へとしがみつく。このときだけでも、この男が俺だけのものであると錯覚したかったのかもしれない。
愛欲が強く、気が多い奔放な男、ファミリーを何よりも大切にし、愛している。俺はそんな瑠夏が好きだったはずだ、いつの間に、そこに醜い独占欲が混ざり込んでしまったのだろうか。瑠夏の手が他の誰かに触れていると、他の誰かを抱いているのを想像すると、俺は自分の頭を撃ち抜いてしまいたい程の激情に駆られる。どうしたらこれをうまく隠せるのか、失くすことが出来るのか、想像もつかない。
「あぁっ、あ……瑠夏……!」
「……っ……JJ、もしかして、ボクに何か言いたいことが……」
「あ、あっ、ん……っ!」
「……いや、今は止そうか……折角キミが、こんなにボクを、っ求めてくれているんだから」
そのまま俺たちは何度も求めあい、ようやく終わるころにはお互いの体はベトベトになっていた。ぐったりとベッドに沈む俺の髪を、先程までの激しさとは真逆の優しい仕草で瑠夏が触れる。その心地よさに、自然と瞼が下がった。
「おやすみ、JJ……」
「ん……」
俺は堪え症がないから、きっといつか瑠夏に告げてしまうだろう。そのとき瑠夏がどういう反応をするか見当もつかないが、覚悟はしておかなければいけない。撫でられる心地よさに小さな苦さが混ざるのを感じながら、俺は深い眠りについた。