想いを告げる赤
瑠夏の誕生日会は盛大、かついつも通りに行われた。最終的には誕生日会の名をかたった飲み会のようになってしまうのは、ある意味キングシーザーらしいといえるだろう。まさかボスの誕生日会までそうだとは思わなかったが。
そうして深夜、日付が変わってから俺は瑠夏の部屋に呼び出されていた。晩酌に付き合って欲しいと言われ、氷を持ってくるよう言われたのでその通りにしたが、先程あれだけ飲んでおいてまだ足りないのかと呆れてしまう。
……だが、日付が変わって正式に瑠夏の誕生日である夜を共に過ごせるのは、嬉しくない、こともない。ノックをし入室の許可を貰ってから部屋に入ると、ゆったりとソファーに腰掛けた瑠夏が笑顔で迎えてくれた。
会場から戻るときはだいぶ出来上がっていたように思ったが、すでに素面とそう変わらない表情に見える。いったい体内で何が起こればそれほど早くアルコールが分解されるのか、ワインは自分の血のようなものだと言う瑠夏の言葉はもしかすると本当なのかもしれないと、馬鹿らしい考えが浮かぶ。
「どうしたんだJJ、突っ立ってないでほら、ボクの隣においで」
「あ……あぁ」
言われた通り瑠夏の隣へと腰掛け、氷を入れた器をテーブルへと置く。そして思い出したように「誕生日おめでとう」と告げると、瑠夏は嬉しそうに笑いながら俺の頭をくしゃりと撫で「ありがとう」と言い、ウイスキーの瓶をグラスをテーブルへと並べた。すぐにそれは自分が石松に薦められプレゼントした品だと気づく。なんとなく気恥ずかしくなり、俺は瓶から視線を外し瑠夏の置いたグラスへと氷を入れた。カラン、と涼しげな音が響く。
「ん?JJはストレートで飲むのかい?」
「あ、いや俺はいい……アンタみたいにザルじゃないんだ」
「そうは言っても、キミそんなに飲み食いしてなかったじゃないか。1杯くらい付き合ってくれよ」
「充分飲まされた……まだ足元がおぼつかないくらいにな」
パーティーが始まったばかりの頃俺はいつものようにちびちびと酒をやっていたが、瑠夏や石松、パオロ辺りが入れ替わり立ち替わり酒を勧めてくるせいで気付けば結構な量を飲まされてしまっていた。それを見ていた、というか積極的に煽っていた瑠夏に言わせれば、あれは「そんなに」の範疇らしい。
溜息を吐いてからソファーの背もたれへと身を預ける。これ以上飲まされたら確実に潰される。俺はいいから好きに飲んでくれ、と告げると多少不満そうにしながらも、瑠夏は諦めてくれたようだ。
まぁ、付き合えない代わりにこのくらいはと、身を起こしウイスキーの瓶の蓋を開け、瑠夏のグラスへと琥珀色の液体を注いでやる。機嫌が直ったのか嬉しそうにそれを受けた瑠夏は、注がれた酒をグイッっと煽った。
「うん、美味しいな。キミからのプレゼントというのもあるだろうけど」
「あ、あぁ、その……喜んでくれたなら、よかった」
「でも、JJがウイスキーを贈ってくるのは意外だったなぁ。もしかして、石松の入れ知恵かい?」
「……よくわかったな」
「ボクの好きなウイスキーの銘柄を把握してるのは、きっと石松くらいだよ。ウイスキーはあまり飲む方ではないからね」
確かに、瑠夏といえばワイン、もしくはシャンパンを空けているイメージがある。石松はやたらとウイスキーを薦めてくるから瑠夏も何度か付き合わされたんだろう。飲む方ではないと言いながらも俺の注ぐウイスキーを次々胃に流し込んでいくのを、俺は半ば感心しながら眺めていた。
ふ、と、瑠夏はグラスに口を付けながら横目で俺を見る。その瞳が、どこか妖しげな光を宿しているように思えるのは決して気のせいではないだろう。夜この男の部屋に来て何もないなどと、甘いことは考えていない。
「……なんだ、瑠夏」
「いや、キミも飲めばいいのにと思っただけだ」
「だからいいと……んっ!」
瑠夏はグイッとグラスを煽ったかと思うと、突然顔を寄せ唇を合わせてくる。話の途中だったため薄く開いていた唇から、口移しで液体を流し込まれる。強いアルコールにクラクラとしながらもどうにかそれを飲み込むと、瑠夏は満足したかのように唇を離した。
「は、ぁ……瑠夏……っ」
「ん?まだ欲しいかい?」
「っ、いい、いらない……」
残念だ、と笑いながら瑠夏はまた先程までのようにウイスキーを胃に流し込んでいく。本当に何をしでかすかわからない、俺はいきなり与えられた強い酒に体温が上がっていくのを感じながら、また革張りのソファーに身を預ける。
「暑……」
つい口に出てしまった言葉に、瑠夏がまた俺へと視線を向ける。妖しげに口角を上げるのを見て、俺はしまった、とソファーから身を起こそうとした。しかしそれより早く、グラスをテーブルに置いた瑠夏に両手を取られそのまま背もたれへと押さえつけられる。また唇が重なり、舌と一緒に何か冷たいものが口の中へと入り込んできた。
「んっ、う……っ」
カチリ、と歯に固いものがぶつかる。それが氷だと気付くが両腕を押さえられている現状では抵抗など出来ない。俺と瑠夏の舌が、その熱で中の氷をどんどん溶かしていく。溜まっていく水分を何とか飲み下すが、含みきれないものが口の端からこぼれていった。
氷がほとんどその形をなくした頃、瑠夏はその小さな欠片を舌ですくい唇を離すと、それをガリ、と砕いて飲み込んだ。
特徴的な尖った犬歯が覗き、その姿から目が離せなくなってしまう。俺の視線に気付いたのか、瑠夏は俺へと覆い被さってきた。やっぱりこうなるのかと、俺は慣れた手つきで服を脱がされながら思う。
まぁ、いい。誕生日くらいはいくらでも付き合ってやるかと、俺も瑠夏の服に手をかけ脱がせていく。位置的に下は無理だがそれでもなんとか上半身の衣服を脱がせると、瑠夏は俺の足からズボンと下着を抜いた。自分だけが裸というのはどうにも居心地が悪い、所在なく脱がされた服へと視線を向けた途端、肌に痛みに似た感覚が走る。視線を戻すと、そこには器でまだ溶けきらず残っていた氷が当てられていた。
「っ、瑠夏、冷たい……っ、何でそんなもの、」
「折角だし、使ってみようかと思ってね。あぁ、君の肌の熱で溶けてきた」
「んっ、冷た……っ、ぁ……」
氷が滑りながら肌の上を動き回り、胸の突起を掠める。冷たい刺激にびくりと身体が跳ね、つい瑠夏の身体を押し返そうと腕を伸ばすが大した効果はない。仕方なくそのまま瑠夏の腕を掴み、しがみつくような格好でその刺激に耐える。尖ってしまった突起の周りをくるりと撫で、そのまま氷で押し潰されると冷たさが与える痛みとむず痒い快感が身体を襲う。
「や、め……瑠夏……っ」
「赤くなってしまったね……でも、おいしそうに尖ってる」
「っ、う……!」
氷が触れた突起に、今度は瑠夏の舌が触れる。氷で下がった体温の分それはいつもよりずっと熱く感じられた。肌がじわじわと焼かれているような気さえする程の熱を感じながら、瑠夏の舌が与えてくる刺激に身体を震わせる。舌先で突起を転がされると、触られてもいない俺のものは昂ぶっていってしまう。
瑠夏の手が動き、氷がまた肌の上を滑っていく。煽られながらその刺激を与えられると、その動きに合わせて何かをねだるように身体を捩ってしまう。腹や脇腹をくるくると好き勝手動き回った氷は、ようやくその形を失くしただの液体へと変わる。
「――っ、ん、あ……」
氷がなぞった跡を追うようにして、胸から離れた瑠夏の唇が何度も触れる。舌と同様に熱く感じられる唇は、そこに氷がつけたものとは別の赤い印を残していった。瑠夏がつける所有の証に、羞恥と、小さな優越感のようなものが生まれる。
「あ、瑠夏……もっと……」
「ん……ふふ、痕を残されるの、好き?」
「んっ……瑠夏が、執着している証みたいで……好き、だ」
熱に浮かされたような俺の言葉に、瑠夏は小さく息を飲んだ。何かおかしなことを……確かに言ったかもしれないが、折角の誕生日だからと少し素直に想いを口にしたというのにその反応は一体何なんだ。
思ったことそのままを口にしようとしたところで突然瑠夏が昂ぶっている俺のものを握り、強く擦り上げた。いきなり与えられたダイレクトな刺激に腰が跳ね、口からはあられもない喘ぎが出ていく。漏れ出した先走りを自らの指に塗りつけるようにしてから、瑠夏はその手を後ろへと伸ばしそこを探るようにゆるゆるとなぞる。そしてそのまま濡れた指が入り込み、中を遠慮なく掻き回してくる。
「っあ、や、瑠夏……!」
「キミはもっと自覚をするべきだJJ……自分の言葉が、どれ程ボクを煽るのかをね」
「知る、か……っ、待て、急過ぎ、あっ!」
「駄目だ、もう待てないよ……今すぐキミが欲しい……っ」
性急に指を増やされ、骨ばった長い瑠夏の指が奥の感じる部分を何度も擦る。突然与えられた圧迫感と快楽にわけがわからないまま喘いでいるとまた突然指を抜かれた。カチャリと金属音が鳴ったすぐ後足を持ち上げられ、熱い昂ぶりをそこに押し当てられる。
「お、い、がっつきすぎ、っあ、あ……!」
「っ……でも、どんどん飲み込んでくれるね……」
充分に慣らされたとは言い難い、けれどそこはどうすれば痛みなく瑠夏を受け入れられるのかを知っていて、瑠夏のものが入り込んでくると内部は熱く絡みつきながらそれを飲み込んでいった。ゆっくりと自分の中を埋めていく存在、それを感じるだけで俺の身体は勝手に昂ぶっていく。全てが埋め込まれた瞬間、びくりと身体が震え先走りが腹へと飛んだ。
「これだけでも気持ち良いのかい……?」
「っ、瑠夏……」
意地の悪い質問に、俺は縋るような視線を瑠夏に向ける。瑠夏も限界だろうが、さっきから妙な煽られ方をしていた俺もとっくに限界だ。それでも動きを止めたままの瑠夏に、俺は半ば自棄になって自分から腰を動かす。瑠夏のものが中で擦れ、それを締め付けると弱い痺れのような快楽が生まれる。段々とその動きを激しくしてしまい、俺は瑠夏にしがみつきながらあさましく腰を振った。
「あっ、ん……っ」
「っ、今日のキミは随分サービスしてくれるね……」
「っあ……瑠夏、動いて、くれ……あっ!」
俺の言葉に煽られるようにして瑠夏は俺の腰を高く抱え、ギリギリまで引き抜いたそれで一気に貫いてくる。奥を擦り上げられた瞬間頭が白く焼き切れるような快感が走り、俺のものはびくびくとその熱を吐き出した。休む間もなく瑠夏は激しい揺さぶりを続け、俺はずっと絶頂の中に居るような快楽の波に溺れていく。
「あっ……瑠夏、瑠夏……っ」
「JJ……っ」
数度深く貫かれ、瑠夏は俺の中へと熱を注いだ。だがもちろんこの男が1度で終わらせるはずもなく、身体をうつ伏せにひっくり返され、今度は後ろから抱き込まれたまま瑠夏に求められる。角度の変わったそれは容赦なく中の感じる部分を擦り、結局俺はまた瑠夏が俺の中へとその欲を吐き出すまでに2度絶頂を味わう羽目になった。
揺さぶられている間、瑠夏の唇が背中へと何度も触れているのを感じた。きっと背中にも瑠夏の付けた赤い印がその色を残しているだろう。
場所をソファーからベッドへと移した後も、瑠夏はその底なしの欲望のままに俺を抱いた。たしかにいくらでも付き合ってやるとは思ったが、その決意すら挫けそうになる。
「はぁ……っ、も、いい加減に……っあ……!」
「まだだよJJ、もっとキミを愛したい……」
この男は俺を抱き殺す気か、と呆れながらも俺は瑠夏に腕を伸ばし強く抱きつく。瑠夏は嬉しそうに笑いながらそれに応え、同じように抱き締めてくる。仕方ない、これが俺の選んだ男だ。しつこいほどに繰り返される愛の言葉も、獰猛な獣のような欲望をぶつけてくる抱き方も、それが瑠夏の愛し方だというのなら俺はその全てが欲しい。
「瑠夏……っ、瑠夏……!」
「ん、JJ……愛しているよ……」
俺も、結局のところ欲望には底がないのかもしれない。お互い様だ。
体温も何もかも愛おしく感じるくらいには……俺も瑠夏を、愛している。