死にたがりの慟哭

この場に生きている者がボクの愛するファミリーだけだと理解した途端、頭がすうっと冷めていった。銃を下し、弾かれたように走り出す。幹部たちから戸惑ったような声をかけられた気がしたが、はっきりと耳に届いてはいなかった。
残してきてしまったんだ、綺麗な顔の死神を。

「はぁ……はぁ……」

場所ははっきりと覚えていた、急いで駆け寄りその身体を抱きかかえる。瞼を閉じさせたときに残っていた温かさは、もうそこにはない。

「JJ……」

胸を掻き毟りたくなるような深い後悔がボクを苛んだ、どうしてわかってあげることが出来なかったんだ、彼が何を守ろうとしていたのか、どうして気付くことが出来なかったんだ。もし気付くことが出来ていたのなら、彼は今頃ボクの隣で生きていてくれたはずなのに。
冷え切ったJJの手に自分の指を絡め、逆の手で後頭部を支える。そしてその唇に自分の唇を重ねた。冷たい感触に、胸の喪失感が一層増していく。それはどんどんと広がり、最後にはボクを埋め尽くした。


「っ……!」

汗だくで目を覚ます、またあの時の夢を見ていた。もう数え切れない程何度も繰り返し繰り返し、その夢は触れた時の冷たさまで克明に再現する。その度にボクは、深い後悔と、妙な安堵を感じていた。
こうして夢に見る限り、ボクはJJの何もかもを忘れずにいられる。絶望も後悔も、その色を失わず残り続ける。



「ボス……やはり、考え直しては下さいませんか」
「まだ腹をくくってないのか霧生?もう決めたって言っただろう?」
「しかし……」
「ほら、いいからきちんと覚えてくれよ?早くボクに楽をさせてくれ」

軽く笑って霧生の頭を撫でると、彼は複雑そうな顔で俯いてしまう。霧生の望みに応えてあげられないのは心苦しいけれど、先程口にしたようにもうボクは決めてしまったのだから。
あらかたの書類の整理を霧生と共に済ませたころには、もう深夜をまわっていた。まだ何か言いたげな霧生をどうにか帰し、1人になったボクは傍の棚へと手を伸ばす。もうすっかり慣れてしまったそのグリップの感触を確かめてから、ベッドへと腰かける。
あの抗争の後から、毎晩欠かさず行なっていることがある。それは自分に生きる価値があるのかを試す行為だ。彼をこの手に掛けた自分は、そうしてまで生きる意味があるのかを、知る行為だ。
目を瞑りシリンダーを回転させると、その銃口をこめかみへあてがう。そして、ためらいなくトリガーを引いた。

カチリ、と軽い音がして、ボクは銃を持つ腕をだらりと下げる。
あぁ、キミはまだボクに生きろというのか。

JJを思う度、ボクはすぐにでもその後を追うべきだという強い焦燥に駆られる。しかしボクはキングシーザーのボスで、家族を支える1本の柱だ。突然それを失えば、家族は寄り添う家をなくしてしまう。そしてなにより、この身はJJがその命を懸けてまで守ってくれたものだ。恨みごと1つ言わず、身体がその機能を失う最期の瞬間までボクを守るために動いてくれた彼の気持ちを思うと、そうするべきではないのだと感じる。JJの遺してくれた思いだけが、ギリギリでボクを支えていた。
けれどどうしても、ボクは自分自身を許せない。だから全てを、死神に委ねようと思った。
その方法が、これだ。彼の愛用していたベレッタに残されていた弾を1つこのシリンダー式の拳銃に詰め、回転させ、命を懸けた運試しをする。もしそれが頭を貫いたなら、それはようやく死神の鎌が罪深いボクへ振るわれたということだろう。ボクを生かしているのが死神なら、殺すのも死神でなくてはいけない。
しかし今まで、計算するのも難しい程の奇跡的な確率でボクは生き永らえてしまっていた。まるで死して尚、彼がボクを守っているように感じて、悲しくなる。

「JJ……いつになればキミに会えるんだ……」

きっと自分は狂ってしまっている、表面上はいつも通り振舞っていても、頭はとっくにおかしくなっているんだろう。
それはきっと、あの出来損ないに騙され、大切な彼を手にかけた、あの時から。

ボクはJJの瞳が好きだった。決して饒舌でなかった彼の気持ちを、何よりも雄弁に伝えてくるその瞳が。だから、ボクは気付けるはずだった。霧生の出来損ないを撃ったとき、JJが何を伝えたかったのか、ボクに胸を撃ち抜かれ満足に声も出せない口が、何を告げたかったのか、
倒れ伏す最期の一瞬、小さく動いた彼の指が、何を求めていたのか。
だからJJ、キミはボクを撃つべきだった。キミが強くボクに訴えかけた気持ちに気付けない程に冷静さを欠いたボクを殺すなんて、キミには容易いことだったはずだろう?
……何て身勝手な言い分だ。たとえキミがボクを殺してくれていたとして、その後他のファミリーがJJを殺していただろう。ボス殺しの罪は、どんな理由があろうと許されることじゃない。
ボクの命では、キミを救えない。キミは命を懸けてボクを救ってくれたのに。

「JJ……JJ……!」

その呼びかけに答えなど返ってこないことは、何より自分が一番よくわかっていた。彼を殺したのは自分だ、1人孤独に生きてきて、最近ようやくボクにだけやわらかい表情を見せてくれるようになっていた彼を、ボクがこの手にかけた。
そのことで、誰もボクを責めなかった。あの場面では仕方がなかったと皆が口にした。JJも、ボクを恨んでなどいないと、慰めてくれた。
……もし、本当にJJがボクを許してくれているなら、この銃はボクを殺さないだろう。

立ち上がりその銃を棚へしまう、そうして今度はその隣に並ぶベレッタを手に取った。今は持ち主を失ったしまった、死神の鎌だ。
そう遠くない未来、キングシーザーのボスは短かったその役目を終える。幹部たちに多大な負担を強いてしまうのは申し訳ないが、自分を許せず死にたがる者が彼らを支える柱であるなんて、それはあまりに脆すぎる。

だから、ボクが全ての役目を終えてもまだ生き永らえていたのなら、
その時はこの銃で、JJ、キミに会いに行くよ。

冷たい銃口へ口付ける、それは最後に触れたJJの唇の温度によく似ていた。