シャルドネテイストのキスはいかが?

酷くだるい身体を抱えながら、自室のベッドへ倒れ込んだ。先程まで風呂に入っていたので自分の肌からほのかに石鹸の香りが漂う、まだ湿っている髪が顔に垂れてくるのが鬱陶しい、掻き上げてから仰向けになる。
しかし眠気は訪れない、身体は疲れ切っているのにシャワーを浴びたことで頭が冷めてしまったらしい。ひんやりとするシーツにしばらく身を預けてから、アルコールを入れて無理矢理にでも眠ろうかと起き上がり備え付けの冷蔵庫へと近付き扉を開いた。

「……無いか」

そういえば先日最後の缶を空けてしまったのだ、しかし今から買いだしに行く気力は流石に湧かない、諦めて眠気が来るまでベッドで横になっていようかと冷蔵庫を閉めたとほぼ同時に、ドアが数回ノックされる。

「JJ、居る?」

やわらかい声がドアの向こうから響いてくる、この男……パオロが訪ねてくるのは珍しいなと思いながらも、その問いかけに「あぁ」と答え扉を開いた。訪ねてくるのもだが、今は随分遅い時間だ、何か急用でもあったのだろうか。

「よかった、さっきも来たんだけど居なかったから」
「あぁ、少し出ていてな……悪かった」
「いいよ、あ、でも悪いと思ってるなら、これ、付き合ってくれない?」

そう言って、後ろに隠していたらしいワインのボトルを二本差し出してくるパオロ。どうやら晩酌の相手を探していたらしい、だとしてもこいつならば石松辺りの所に行きそうに思うが、まぁこういう相手に選んでもらえるのはそう悪い気分じゃない。ちょうど自分も飲みたいと思っていたことだ、ありがたく誘いを受ける事にしよう。
頷いてパオロを中へと招き入れる、ベッドの傍にテーブルと椅子を寄せ、ワイングラスを二つ用意した後自分はベッドへ腰かけ、パオロを椅子に座るように促した。

「んー……僕もそっちがいいな」
「は?」

そう言ってワインボトルをテーブルへ置くとわざわざ俺の隣へ腰掛けてくるパオロ、テーブルが小さいから仕方ないとはいえ、その距離がやけに近くてどうにも居心地が悪い。「さ、飲もう飲もう」と手際よくワインボトルのコルクを開けると、二つのグラスへ並々液体を注いでいく。ほんのりと僅かに色づいたそれからは鼻腔を抜ける爽やかな果実の香り、白ワインは瑠夏が好きだったなとぼんやり思いながら、ふと意識はこの部屋に戻る前の記憶へ飛んだ。
浮かんできた声と映像を慌てて打ち消すように、軽く合わせたワイングラスを自分の口元へと運ぶ。碌に味あわないまま三分の二くらいを一気に胃へと流すと、すぐ隣から鈴の転がるような笑い声が聞こえてきた。

「ワインをそんなビールみたいに一気飲みする人、始めて見た」
「……ほっといてくれ」
「まぁワインはまだ部屋にあるから、足りなかったら取ってくればいいし。どんどん飲んでよ」

そう言って減った分をまた注いでくるパオロに「せめて空けてからにしてくれ」とストップをかける。その後もやたらと口の滑りが良い奴の話をBGMに、早々と二人でボトルを一本空けた。少しペースが早いなと透明なグラスの底を見つめていると、パオロは嬉しそうに二本目のボトルのコルクを抜いてまた俺のグラスへと注ぎ始める。

「おいパオロ、俺はもう」
「えーまだ一本空けただけじゃない、まだ飲めるでしょ?」
「こら注ぐな、零れるっ!」
「わ、すごいすごい、これがひょーめんちょーりょくってやつだよJJ」

表面張力、か。酔ってきているのか少し舌足らずな言葉は聞き取り辛い。仕方なくそろそろとグラスを口元へ運び零れない程度に中身を減らす。暑くなった顔の熱を冷ましたくなり、テーブルにグラスを置くとベッドに倒れ込んだ。

「あれ?JJもうダウン?」

そう言ってまるで水か何かでも飲むかのようにワインを胃へ流し込んでいくパオロ。ここの奴らはどいつもこいつもザルかワクだ、自分もそれなりに飲める方だと思っていたが、それは井戸の中の蛙と同じ発想だったらしい。

「少し休憩だ……そんな早いペースで飲んでたら潰れる」
「んー……じゃあ僕も少し休憩」

そういつもより更にゆるくなった口調で告げると、パオロは俺と同じようにグラスをテーブルへ置きベッドへ寝転がる、酒が入ってるのもありやたら上機嫌なようで、ニコニコと満面の笑みを俺に向けてきた。何だってそんなに楽しそうなんだこいつは、ただ男二人で並んでぐだぐだと飲んでいるだけで、しかも俺は面白い話が出来る訳でもリアクションがとれるわけでも無い。大騒ぎが好きなパオロ達にとって、面白い相手ではないだろうに。

「なんだって、俺のとこに来たんだ」
「え?」
「他の奴らと飲む方が楽しいだろう、俺は……飲んでて楽しい相手じゃないぞ」
「今更だなぁ、いいんだよ、たまには静かに飲むのもいいもんだし」

静かではないだろう、俺は静かかもしれないがパオロはグラスに口をつけているとき以外ほぼ喋りっぱなしだ。静寂を求める本人が一番騒がしくしているとは、一体どういうことだろう。溜息を吐いて目を瞑ると、自分の中でワインが血になって流れていくような錯覚がした。
「ワインはボクの血のようなものだよ」と瑠夏が言っていたのを思い出し、このままこいつらに付き合って飲み続けていれば、俺の血もそうなるんじゃないかなどと馬鹿げたことも考えてみる。
随分酔いが回っているようだ、あり得ない妄想に耽っていまう程に。

「JJー寝ちゃったの?」
「…………」
「髪が貼り付いてる、ちゃんと乾かさないと風邪引くよー?……ねぇJJ」

少し眠い、程良く回ったアルコールが意識を遠くに運んでいく。パオロの言葉ははっきりと耳へ届いてくるのに、それはどこか遠くで起こっている出来事のように思えた。額に指が触れ、貼りついた髪を撫でる。次いで降ってきた柔らかい感触は何だろうか、ゆっくりと泥の底に沈んでいくような眠気に身を任せ、そのまま意識は闇に落ちた。







「っ……ん、ぁ……」

自分の声で目が覚める。眠ってしまったのか、頭が重い。
……寝言でも言ってしまったのかと思ったが、こうして意識が浮上した後も喉の奥から勝手に声が漏れていく。身体に走る痺れのような感覚はなんだろうか、ゆっくりと目を開くと、まだ少し見慣れない自室の天井が見えた。

「あっ……うぁ……っ」
「ん……?あ、JJ起きた?」
「パオ、ロ……?何、して……」

いつの間にか全身をベッドにのせられている、俺が眠ってしまったからパオロがやってくれたのだろうか。身体を起こそうとすると、覆い被さってきたパオロに両手を押さえつけられる。

「っ……?」
「あーまだ寝惚けてる顔だ、ははっ、可愛い」
「パオロ……?」
「ねぇJJ、部屋に戻る前さ、どこに居たの?」

パオロがにっこりと微笑みながら俺に問いかけてくる、顔が近い、果実のような甘い吐息が顔にかかる。どこに居たと言われても、部屋に戻る前、俺は……

「――っ……」
「答えれない?やだなぁ真っ赤になっちゃって、わかりやすいんだから」
「なっ、パオロ……!」
「ボスのところでしょ?君、ボスのお気に入りみたいだしね」

徐々にはっきりしてきた頭のおかげでいくつかの事に気付けた。自分が半裸の状態であることや、下半身が酷い状態になっている事、それによくよくパオロの顔を見れば、唇がぬらりとした光を帯びて濡れている事。
何をされていたかは火を見るより明らかだが、それを聞くとそれこそ後に引けない状況になりそうで、俺はあえてそこから目を逸らしパオロの問いに答えた。

「……気付かれていない訳は、ないか」
「まぁボスの気の多さも手の早さも知ってるからね、もう付き合いも長いから」
「その……まさか、」
「あぁ僕はお相手じゃないよ、可愛いとは言ってもらえるけど、僕はボスの好みじゃないからね」

瑠夏の好みに関しては詳しくないので何とも言えないが、パオロは確かイタリアに居た頃から瑠夏と付き合いがあるのだったか、ならばそれこそ本当の意味での「家族」に近いのかもしれない。
「それにボスは若い子が好きなんだよねー」という言葉はツッコむべきか聞き流すべきか迷って、聞かなかった事にした。そういえばこの男、年齢は不詳だ。

「それに僕にも選ぶ権利くらいはあるからね」
「……それは流石に失礼じゃないのか」
「このくらい、ボスなら気にしないって。ね、僕の好みとかって気にならない?」

額をくっつけ甘えるような仕草ですり寄ってくるパオロ、ワインの香りに別のフレグランスの匂いが混ざる。それと、これは煙草だろうか、苦みのある独特のそれと元々持つ体臭と、いくつもの香りにくらくらした。
パオロが何をしたいのか、酒を飲もうと言ってきたときからもうこの展開に持っていくつもりだったのか、それとも話している内にそういう気分になったのか、もしくは目の前で眠ってしまった俺を見て、据え膳食わぬは、ということなのか。

「……どう答えて欲しいんだ」
「それは勿論、興味あるって方が嬉しいよ。ちなみに僕結構JJが好みなんだ、ね、じゃあ次。僕に抱かれるのって、抵抗ある?」
「直球だな……イタリア男は皆そうなのか?」
「あはは、それは相手によるかな。JJって遠回しの表現とか通じなさそうだし」

反論出来ない。俺は言葉の駆け引きに向いているタイプではないのだ、だから確かに直球で来てくれた方が助かるのだが、それは何もこういうときにという意味ではないのだが。
それでもその直球の問いに答えるならば……この状態になって、というかもう色々と酷い状況で、今更逃げ出すのも気が引ける。少なからず自分が招いた結果だ、「嫌だ」と言った所で止めてくれるとも思えない。

「……俺は、さっき瑠夏に抱かれてきた」
「うん、知ってるよ。だからまぁ、身体は辛いかなーと思うんだけど」
「いや、いいのか?その……」
「ボスのお気に入りだから、バレたら多分怒られるかなぁ。でも別に、恋人って訳じゃないんだよね?」
「違う……というかそっちじゃない、俺が聞きたいのは、っ!」

パオロの腕が俺の手から離れたかと思えば、脚をぐいと持ち上げられ後ろの窄まりを指が撫でてくる。そこはまだ弱い痺れのような感覚を残し、触れられると名残に火がつきそうになった。

「あぁ、僕そんなに嫉妬とかしない方だから。それにJJが誰を抱こうが誰に抱かれようが、僕に口出しする権利は無いでしょ?」

いや、確かにそうなのだが、そうもあっさりと返されてしまうと今度はこっちが複雑な気分になる。自分が言えた義理じゃないが、気に入っている相手が別の誰かと関係を持つことは普通嫌ではないのか。俺は……きっと、嫌だと思ってしまう。

「っ……!お、い……っ」

そう思考を巡らせていると、後孔を撫でていたパオロの指がゆっくりと中へ侵入してきた。そこはまだ充分な程に解れていて、その細い指を簡単に飲み込んでしまう。

「まだやわらかいね、それに中、すごく熱い」
「パオ、ロ……俺はまだ、いいとは……」
「受け入れるつもり、少しくらいはあったでしょ?JJって物分かりはいい方だし、この状況で、逃げられないとも思ったんじゃない?」
「…………」

読まれていた、いや俺がわかりやすいのか。反論の言葉が思い付かず気まずさに視線を逸らせば、すぐ傍から小さな笑い声が降ってくる。

「ほら、素直でいいなぁJJ、ボスが気に入る理由もわかるよ。あれ、そうなるともしかして僕とボスって、好みが似てるのかな?」
「んっ、知る、か……っ、止め、そんなに、中……!」
「こっちは充分解れてるね、じゃあ……」

パオロは指を抜くと頭の位置をずらし、俺の首へと唇を触れさせた。そうしてそこにある点々とつけられた赤い跡を追うように、きつい吸い上げでその色を更に濃くしていく。首筋や鎖骨、胸の辺りから腹筋にかけて、腹を過ぎた先の足の付け根や太ももまで、ひとつも見逃さずに。
嫉妬はしないといった割に、まるで俺の記憶を上書きでもしようというようなその愛撫に、何だか恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちになる。そうして全ての跡をなぞってからまた胸元へ戻り、すでに尖っている突起を口に含んだ。

「あっ……ぅ……」
「んっ……JJびくびくしてる、気持ち良い?」
「聞く、な……答え、られるか……っ」
「うーん、折角ならそういうところも素直だといいのに」

そう言ってパオロは自らの膝を昂ぶったままの俺のものに触れさせ、そのまま擦り上げてくる。俺は半裸、というか話しながら手際よく脱がされていたせいで今ではほぼ全裸の状態だが、パオロは軽くネクタイを緩めているくらいで未だ全身をスーツで固めていた。
少し硬質な布が敏感なそこに触れるのは痛いくらいだったが、それでも先から透明な液体が漏れ出しスーツを汚していく。この事で文句を言われないか気がかりだったが、すぐその思考は快楽に流されてしまった。
まだ燻りは残っていた、それに加えてパオロの愛撫は巧みだ、まだアルコールの抜けていない頭で出来ることは少しでも声を抑えることくらいだろう。

「く、ぁ……あ……!」
「ねぇJJ、キスしていい?」
「だか、ら……いちいち、聞くな……っあぁ!」
「キスは嫌、とかって人も居るからさ。じゃあ遠慮なく」

胸から離した唇で、今度は俺の口を塞ぐパオロ。唇を閉じるより早く入り込んできた舌が口腔で蠢き、絡みついてくる。僅かに鼻を抜けていくこれは、先程まで飲んでいた白ワインの香りか。

「んっ……ふ……っ」
「ん……っ……やっぱり白にしてよかったなぁ。キスするときはこっちの方が甘いよね」
「は、ぁ……やっぱり……最初からそのつもりだったのか……」
「うん、あっさり招き入れてくれてありがとう」

感謝の印のつもりなのか、今度は頬に口付けが落とされた。わざとらしい程のリップ音が耳に残る、続けて聞こえてきたのはカチャカチャと金属が鳴らすそれで、覚悟していたとはいえ少し腰が引けてしまう。
そもそも瑠夏に散々貪られた後だ、この後も仕事があると言っていたにも拘らず当たり前のように一回や二回では終わらず、それでも俺が部屋を出ていく時まだ物足りなそうに溜息を吐いてデスクに戻っていた。
パオロの性欲など知る由もないが、こうして隙を狙ってくるということは薄い訳ではないのだろう。瑠夏のように桁外れでないことを祈るばかりだ。

「JJ、たまにはこうして僕の相手もしてくれる?」
「…………っ」

足を抱え、緩んだ後孔に自らの昂ぶりをあてがいながらそんな問いかけをしてくるパオロ。ぐっと先が入り込めば、身体は期待に震えどんどん我慢が利かなくなっていく。
答えなければ、焦らす気だろう、そして望む答えでなければきっと同じだ、じっと俺のを見つめるその瞳に、少しだけ獣が覗いていた。

「あっ……わか、った、から……早く、しろ……ああっ……!」
「んっ……物分かりのいいJJ、好きだよ……ボスが君を思うより、ずっとね」

深く突き入れられた衝撃で、小さすぎるその囁きは俺の耳に届かない。何度も降ってくる口付けはパオロが言うように甘く、俺はその後想像していなかった激しい求めにひたすら翻弄された。それでもいつもと変わらない笑みの形は崩れることが無く、まさかこれでも手加減をしているのだろうかと、ゾッとしない考えが浮かぶ。
意識が落ちる前に聞いたのは少し気が早い雀の声と、相変わらずわざとらしいリップ音だった。




おわり