あけましておめでとうございます!
[2013年 1月 4日]
「赤も似合いそうですねぇ、白も清楚な感じで素敵ですが、落ち着いた青も君には映える」
「……マスター」
「模様は……蝶や鳥も捨てがたいですし、桜や藤、撫子、桔梗……萩も素朴で合いそうです」
「マスター」
「柄の入り方は、」
「マスター!」
延々と止まらなそうな解釈を、俺は大声でどうにか止める。年が明けたばかりの深夜、俺達は並んでソファーに腰掛け、酒をちびちびやりながらよくわからないテレビ番組をぼんやりと見ていた。その中の特集で様々な和服を着た女性が紹介され始めた途端、マスターは俺とテレビを交互に見てからにっこりと微笑み、「君にはどんな着物が似合いますかねぇ」と言い始め、先程のような状態になったのだ。
どうやらマスターは着物が好きらしい、気付けばそのスイッチを押した特集は終わっており、後には満面の笑みを浮かべたマスターと勢いに押されっぱなしの俺が残る。
「さっき紹介されてたのは女物だろう」
「えぇ、綺麗で華やかなものばかりでしたね」
「俺は、男だ」
「でも、似合うと思いますよ?」
噛み合ってるようでいて、多分全く噛み合っていない。溜息を吐いて飲みかけのグラスをテーブルに置けば、マスターは「あぁ」と何かを思い出したように立ち上がる。その声がやたらにわざとらしく聞こえたのは、俺の気のせいであれ。
「すっかり忘れていました、実はこんなものを頂きましてね」
そう言ってやたらにでかい縦長の箱を抱え奥の部屋から出てくると、それを床に下ろし蓋を開ける。俺はソファーに腰掛けたままその中身を覗く、が、次の瞬間後悔が襲ってきた。
何でそんなものが都合よくあるのか、そもそも誰がいい年をした男にそんな贈り物をするのか、あの番組もまさかこの人の仕込みなんじゃないか、ぐるぐるといくつもの疑問が同時に頭の中を巡るが、まず真っ先に言うべき事がひとつ。
「着ないからな」
「まぁまぁ、そう言わず」
ピシャリと言い切ったところで、マスターは少しも堪える気配が無い。中から俺が目を塞ぎたくなったそれを取り出し両手で丁寧に持つと、逃げ場をなくすようこっちへにじり寄ってくる。
「合わせてみるだけですから」
「サイズが合う訳が無いだろう」
「いいえ、ピッタリのはずですよ」
やはり計画的犯行らしい、そうでなければマスターが手に持つ白を基調とした着物が、標準男性の体格である俺のサイズに合うはずが無いのだから。「似合うと思いますよ」と軽く広げ見せてくれたそれは、グレーまでいかない白っぽい布地に、下から黒と金の蝶が舞うように流線で描かれている。帯はこれですと、金と黒に紫の糸が混ざり何かの花の模様を施したそれは、確かに落ち着いた色合いだが華やかで、嫌味が無い。
自分に似合うかどうかは考えたくもないし置いておくとして、随分と凝った代物であることくらいは流石の俺でもわかる。
「幸い僕は着付けも出来ますし、試しに着てみませんか?JJ」
「断る」
「駄目ですかねぇ……見てみたいんです、きっとこれを着た君は、とびきり綺麗だろうと思って」
困ったように眉尻を下げて、「ね?」と更に一押ししてくるマスターに、俺は否定の言葉を喉に詰まらせてしまった。その顔には弱い、引く場所と押す場所を心得ているから、気付けば逆らう術を失くしている。
ソファーに置かれた着物を目で追って、そっと腰に添えられた手に、渋々といった体で立ち上がった。本当は、マスターが嬉しそうならそれ程嫌ではない。嫌では、なくなった。
「っ……それで、何でこう、なるんだ……マスター!」
「着せたなら、脱がせるところまでがやはりお決まりかなぁと思いまして」
「そんな常識は捨てろ!っ、あ……」
結ばれてそれ程経っていない帯が解け、少し重たい音を残して床へ落ちる。綺麗に着せてもらった着物はあっという間に乱れてしまって、乗り気でなかった自分の方が何故か勿体ないと感じるほどだ。写真も撮られ、綺麗だ美人だとやたらに褒められ、さっさと終わらせて欲しかったのは事実だが、それはこんな形ではなかったのだが。
「止め……っ、あ、ん……」
「すっかり尖らせて、この分だと、下も大変なことになってそうですねぇ」
両方の突起を指で弄られ、身悶える度にひっかけているだけになってしまった着物はずり落ちていく。後ろから抱き締められているせいで、マスターの熱と香りが強く伝わってきて興奮が強まり、抵抗の意思が薄くなってしまった。いや、もうほぼ失くしていると言った方が正しいか。
肌を弄る手の動きが、特定の意思を持って下がっていく。しきたりだったかロマンだったか、何だかんだと言い包められて下着を脱がされたままの下肢に、マスターの指が妖しく絡み付いてきて、とっくに自分の状態をわかっていた俺は焦った。
「マス、ター……っ、せめて、全部脱がせ……っあ、汚れる……!」
「そうですねぇ、折角の着物を汚すのも忍びないですし……ではJJ、ここに座って」
半分以上脱げかけた着物をひっかけながら息を荒げた俺をソファーへ座らせると、マスターはその正面にしゃがむ。意図に気付いた俺が止めるより早く、マスターは俺のものをその口に咥えてしまった。
温かい口腔に包まれそこは余計に張り詰めていく、漏れ出るものを舐め啜る音がやたらに響いてきて、恥ずかしさでおかしくなりそうだ。
「うあ、あっ……や、あぁ……っ」
「ん……びくびくしてますね、気持ち良いですか?」
「っ、う……!」
悪態を吐く余裕すら無く、ただコクコクと頷けばマスターは更に俺を追い詰めるよう、ねっとりと舌を絡ませてきた。行為が久しぶりだったという訳じゃない、それでも二人きりで居る時間に、期待があったのは事実だ。こうして触れられてしまえば、もう歯止めが利かなくなっていた。
優しいこの人に、こうして触れられる事の後ろめたさが無くなったのはいつからだったか。居心地がよく他の形になるのを恐れて、それでも変わってしまった関係は、今では何より失くしがたいものになってしまった。この手が離されればきっと、俺はどこにも行けなくなってしまうだろう。
想う度泣きだしたくなるような、愛しい場所が出来てしまったから。
「マスター、もう、離せ……っ」
「いいから、このまま出しなさい。そうすれば、汚さずにすむでしょう?」
「な、あ、あぁあっ!」
びくんと跳ねた身体から、着物が完全に剥がれる。数度吸い上げられながら吐き出したものを全て飲まれ、俺はただぐったりとソファーの背に身を預けた。自分の背で着物を潰しているが、どうにも動けない。過ぎた快楽が終わったからか、それとも次の期待にか。
「ほら、汚れませんでしたよ」
「…………」
「JJ?」
「……次は……アンタの番、だろ」
腕で顔を隠しながら呟いた言葉を、マスターは受け取ってくれたらしい。ふふ、と落ちてきた笑い声に、俺はあの眉尻を下げ困ったように笑うマスターの顔を思い浮かべた。口でしてくれと言われるか、それともソファーに転がされるか、マスターの理性がまだ働いていれば、ベッドまでは連れていってもらえるかもしれない。
「JJ、顔を見せてください」
その声が熱っぽく掠れていたので、きっと最後のは無理だろう。そう予想して俺は腕を下ろし、覗きこむ愛しい獣の顔を見た。
おわり
あけましておめでとうございます!
[2013年 1月 4日]