送り火の残すもの
その日も夜になっても気温が下がらず、外は夜の香りを連れながらも嫌になるような暑さを漂わせていた。
そんな深夜、手付かずになっていた書類を片付けているとふいにノックの音が室内に響く。こんな時間に誰かを部屋に呼んだ覚えはない、緊急の用件だろうか。ペンを走らせる手を止め、ドアの向こうの主に声をかける。
「誰だい?」
しばらく待つが返答はない、不思議に思い椅子から立ち上がりドアの前へと向かった。足を止めた瞬間、ふ、と硝煙に似た匂いが鼻孔をくすぐった。気のせいだろうか、それともこのドアの向こうに居るのは招かれざる客なのか。
そうだとすれば、相手を賞賛してもいい。ドラゴンヘッドが壊滅した今ボク達キングシーザーに真っ向からは向かってくる輩は居ない。ましてや深夜に、厳重とまでは行かなくても充分な警戒をさせている屋敷に侵入し、ボクの部屋まで辿り着くなんてほぼ不可能だ。
「誰だ?」
語気を強め、もう一度ドアの向こうの主に問いかける。小さく衣擦れの音が聞こえ、それに続く声はボクの頭の中を真っ白にさせた。
「……瑠夏」
「――っ!」
間違えない、間違えるはずがない。これは彼の声だ。もう居ない、ボクが殺してしまった彼の。ボクの大切な家族の声取り返しのつかない過ちの、相手。
悪質な悪戯かもしれない、しかしそんなことはどうでもよかった。ドアノブを握り、勢いよく扉を開く。そこに居るのがたとえ招かれざる客だろうと、化け物だろうと何でもいい。もう二度と、彼の言葉を疑いたくはなかったから。
「っ……J……J……」
「……瑠夏……その……久しぶり、だな」
後ろ手にドアを閉めながら少し戸惑うように、慎重に言葉を選ぶようにして彼は、JJは僕に言葉をかけた。いつもの見慣れた服装で、少し高い位置にあるボクの瞳を真っ直ぐと見つめてくる。
これは夢だろうか、意識ははっきりしているしボクは今を現実だと認識している。けれど夢でなかったら何だというんだ、幽霊か、それとも彼の名の通り、死神か。罪深いボクを迎えに来たのが彼の姿をした死神なら、それは喜ぶべきことだ。
そっと、壊れ物に触るかのように彼へと手を伸ばす。頬に触れるとそこには確かに生きた者の体温が感じられた。指に伝わってきたそれにたまらなくなり、ボクは両腕でJJを胸に掻き抱いた。
「っ、おい、瑠夏」
「JJ……JJ……!」
目頭が熱くなる、もう一度彼に会えたら言いたいことが、言うべきことが沢山あったはずなのにその1つもまともに言葉にはならなかった。その存在を腕の中に閉じ込めて、もう二度と離さないとばかりに強く抱き締める。苦しげに呻きながらもぞもぞと動いていたJJは、諦めたのかこちらへと身体を預けるように体重をかけてきた。
「……いい大人が、泣くな」
「……JJ、ボクは……キミに……っ」
「いい。アンタが無事に、こうして生きていてくれたんなら……俺は、それでいい」
JJの腕がボクの背に回り、控えめにしがみついてくる。その行動が無性に愛おしくなり、少し身体を離しJJの顎に手をかけ、唇を重ねる。JJはなんとなくボクの行動が読めていたのか、すぐに薄く唇を開いた。そこに舌を割り込ませ、JJの熱いそれと絡め合う。背中へと回された腕に力がこもり、「ん……っ」と苦しげな声が漏れるが構わずその唇を貪った。堪え切れない涙が零れ、キスに涙の味が混ざる。
これ程余裕なく誰かを求めたのはもしかすると初めてかもしれないと、どこか遠い理性が言う。
きっと、こうしてただ1人を強く欲することも、同じだろう。
「は、ぁ……っ、瑠夏、んっ」
「はぁ……っ、JJ……」
何度も唇を重ね合わせ、ようやく離した頃にはJJは自分の力で立つことすら難しい状態になっていた。ぐったりとボクに身体を預けながら、荒い息を必死で落ちつけようとしている彼を見て、また涙が零れていく。ぽたりとJJの頬にそれが落ち、彼はまだ整わない呼吸のままボクを見上げた。
「アンタ、が、泣き虫だったとは、知らなかったな」
「あぁ……ボクもだ」
口角を上げながらからかうようそう口にしたJJは、少しだけボクの知っている彼と違うように思えた。いつも取り払うことの出来ない影があったように感じていたが、今はそれがない。
死は解放だ、という言葉を聞いたことがある。なら彼は、死んでようやく解放されたというのか。
「瑠夏、謝るなよ。俺はアンタに殺されたことを恨んだりしていない」
「……っ、でも、JJ」
「いつ死んでも仕方ないと思っていた……アンタのために死ねたのなら、上々だろう」
「キミは……どうしてそんなに……」
どうしてそんなに強いんだ。ボクは簡単に揺らいでしまった、冷静さを欠いて、大切な家族であるキミを殺してしまった。なのに恨みごとの一つも言わず、なんでもないことのようにボクを許す。その強さをボクが持っていたのなら、今キミは、生きてボクの傍に居てくれたのだろうか。
JJがボクの言葉を遮るように、自分から唇を重ねてくる。そして先程の行為で上気した頬をさらに染めながら、ボクにしか聞こえないくらいの声で小さく呟く。
「それより、瑠夏……その……足りないん、だが……」
背中に回された手が、ねだるようにボクの服をギュッと握った。それだけで遠かった理性が弾け、JJを閉じた扉に押さえ付けまたその唇を貪った。
「あっ……も、う……瑠夏……!」
時間をかけて解していたからか、我慢出来なくなったようにJJは両脚でボクの身体を挟むようにして先の行為をねだってきた。指に触れる内部は熱く、どこまでも貪欲にそれを飲み込んでいく。ずるりと指を抜くと、すでに昂ぶっている己のものを取り出し、指の代わりにそこへあてがう。
「JJ……いいかい?」
「んっ、早く……!」
久しぶりの彼との行為を時間をかけて味わおうと執拗なまでに全身を愛撫したためか、JJの理性はすでに陥落しかかっているようだ。身体の反応と同時に、彼の口からもボクを求める言葉が発せられていた。JJの身体を二つ折りにするように抱え、体重をかけてJJの中へと自分のものを埋め込んでいく。溶け切った内部は熱く絡みつき、すぐにでも達してしまいそうな快感をボクへと与えた。
「っ……すごいな、どんどんボクのを飲み込んでいく」
「っ、言う、な……あ……っ」
「はぁ……っ……」
全てを埋め込んだ途端内部が収縮しきつくボクのものを締め付けてきた、JJももう我慢が出来ないらしい。なら、と性急に抽挿を始める。少し苦しそうに眉を顰めていたJJの表情が、少しずつ色を変えていく。
瞳は潤み、頬を上気させ、唇は何かを求めるように薄く開かれている。誘われるように唇でそこに触れると、くぐもった甘い声が漏れた。そのまま舌を絡め口腔を犯しながら、抽挿の速度を上げていく。
「んっ、はぁ、瑠夏、ん、あ……っ!」
「JJ……っ」
限界が早く感じられた、久しぶりの逢瀬と行為に自分もひどく興奮していたようだ。JJのものを強く擦り上げると、たまらない様子で彼は唇を離し、喉を仰け反らせながら甘くボクを煽る声で喘ぐ。
粘つく水音がゆっくりと遠くなる、後に残るのは彼の体温と甘い声だけだ。JJの身体がびくりと跳ね、昂ぶったものの先から熱を吐き出す。力の入った身体が埋め込んだものを締め付け、ボクも程なくJJの中へと熱を注いだ。
「っ、は……はぁ……」
「ん……大丈夫かい?JJ……」
「はぁっ……久々なんだから、少しは加減、しろ……っ」
ごめん、と口にしてからその額へと軽く口付けた。自分のものを抜いてから、彼を胸へと引き寄せ深く抱き締める。ただ一度の行為でも充分なくらいにボクは満足していた。ただ、今はこの手の中にある存在を確かめたい。
彼は、いつ消えてしまうとも知れない幻だ。誰に言ったところで信じてもらえるはずもないくらいにあやふやな存在、それでもボクはそれでよかった。彼ともう一度言葉を交わし、抱き締め合い、口付けを交わし、愛し合う。どうしようもなく不可能だった全てのことがこうして与えられているのなら、彼がどんな存在であろうと些細なことだ。
「瑠夏、俺は……アンタが……」
「ん……?」
「……いや、何でもない。また会えて、嬉しかったと言いたかっただけだ」
「うん……ボクもだよ、JJ……」
彼が先に紡ごうとした言葉は、もしかしたら違ったのかもしれない。それでもどうしてかそれを問う気にはならなかった。それを聞いてしまえば、きっと、
もぞりと、JJが動く気配がする。逃がしたくなくて腕の力を強めようとするが、不思議とそれは叶わない。視界がうっすらとぼやけていく、彼の姿をもっと見ていたいのにどうしてだろう。腕の中から離れていく体温に、重たい口をどうにか動かす。
「行かないで、くれ……JJ……」
「……瑠夏、わかっているだろう……俺はもう、アンタの傍に居れないんだ」
「なら……どうして、今……」
「……瑠夏に、幸せになって欲しいんだ。俺なんかに囚われないで、もっと、幸せに。それを言いたかった」
「JJ……嫌だ、行くな……っ」
「なれるはずだ、俺が……俺が、一生寄り添うと決めた男は、太陽みたいな強さを持っているから」
「J、J……っ」
「瑠夏……どうか、幸せに」
手も足ももう自分の意思では動かせず、ぼんやりとした視界はどんどんJJの姿を見えなくさせた。意識が落ちる最後の一瞬、やわらかい感触が唇に触れる。同時に耳は何かの言葉を捉えたが、言葉の意味を理解するには遅すぎた。
それでもボクには、それがJJからの、ボクへの想いを告げた言葉に、思えた。
目を覚まして、最初に感じたのはひどい喪失感だった。腕の中に抱き締めていたはずの存在は、すでにそのぬくもりすら残していない。
やはり、あれは夢だったのだろうか。自分の、許されたいという浅ましい感情が見せた悲しい程に幸せな、夢。
「……あぁ……そうか……」
ぽつりとひとりごちる、今日が何日だったかを思い出したのだ。今はお盆、死者が懐かしい家へと戻ってくると言われている短い数日。
なら、彼は……JJは、ここを自分の家と思い戻ってきて、ボクに会いに来てくれたのだろうか。たったひとりで生きてきた彼に、ボクは戻る家を与えることが出来たのだろうか。
一生忘れることはない、犯した罪も、胸を掻き毟るような喪失感も。そして、
「JJ……」
最後にJJがボクへ告げた言葉は、「愛している」。きっと言わないまま去ろうとしたのだろう、それでも、最後の一瞬零れてしまった。ならボクはそれを拾い上げ、永遠に閉じ込めておこう。
「ボクも……キミを、愛しているよ」
この想いは一生、JJ……キミだけに。
おわり