生涯幸せでいるための、本物になれない二人の誓い
去年自分で考えたプレゼントは、瑠夏が喜んでくれたので結果的には良かったとはいえ、あれはとてもじゃないが上手くいったとは言い難いものだった。今年はもう直球に欲しい物を聞いてしまった方がいいと、瑠夏の休憩時間を狙い部屋に乗り込んだ。
「瑠夏、欲しい物は何だ」
「ん?キミかな」
俺の唐突な問いに対して、ウインクまで添えつつ返してくる。しかも、思わず聞いた側の俺がその場に崩れ落ちてしまいそうな程恥ずかしい回答だ。「真面目に答えろ」と睨めば「充分真面目なんだけどなぁ」と机に肘をつきながらニコニコとこっちを見てくる瑠夏に、小さく溜息を吐く。
この回答が真面目だというのならこちらも真面目に答えるべきだろうか、しかしからかわれていたときの精神的ダメージは計り知れない。恥ずかしさに、その場で埋まってしまいたくなるだろう。
「……本当に、真面目な答えなんだな?」
「勿論だよ、ボクが一番欲しい物は、キミだ」
瑠夏は少し笑みの形を変え、その青い双眸で俺を真剣に見つめてくる。思わずたじろぎそうになる程の真っ直ぐさに、一度ごくりと唾を飲み込んでから俺も瑠夏の瞳を覗きこむように見つめた。
「……それは、渡せない」
俺の言葉に、瑠夏の瞳が一瞬悲しげに揺れたのを見る。それを見てしまえば羞恥で喉につっかえていた言葉も、慌てて続ける事が出来た。
「もうとっくに……アンタのものだからな」
顔の温度が一気に上昇する、自分の放った言葉の甘さに思わず口を掌で覆い、瑠夏から視線を逸らす。心臓が全力で走った後のようにうるさい、顔に上がった熱が全身に広がっていくように、暑くて熱くて仕方が無い。
瑠夏の表情を見る事も出来ず、ただ慣れない事をやってしまったという動揺で今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたくなった。伝えるのが平気な時もある、行為の最中、瑠夏に請われて愛の言葉を口にすることはここまで恥ずかしくないのだが、理性すら飛ばしているときと、シラフとでは恥ずかしさの度合いが違う。
「JJ、手をどけて」
「……っ」
「ほーら……どけてくれないと、キスが出来ない」
瑠夏は俺が口に置いている手に触れ、その甲にそっと唇を落とした。やわらかく湿った感触に、たまらなくなる。激しさもずるさも持つこの男に優しく触れられる度、泣きたくなる程の愛おしさに駆られる事を、きっと瑠夏は知らないだろう。
手をどかし、そのまま両手で瑠夏の頬に触れれば、男は幸せそうに目尻を下げて微笑んだ。啄ばむように唇を重ね、それは徐々に深いものへと変わっていく。するりと前へ回り込み服を肌蹴させていく手の動きに、頬に置いていた手を瑠夏の肩へとずらし押し返そうとするが、逆に唇を強く押し付けられ、逃がそうとした舌を絡め取られた。
「ふ、ぅん……!瑠夏、止めっ、んんっ」
「ん……っ、逃げないで、ね……?」
「誰か入ってきたら、どうするんだ……っ、あ……」
「誰か来たら、ボクらの関係がバレちゃうね……そうなったらどうしようか、JJ」
意地の悪い問いかけをしてきながらも、瑠夏は潜り込ませた掌で肌を撫で回す動きを止めない。脇腹をくすぐるように撫で上げ、突起を指の腹で僅かに掠める、唇は首へと滑り、喉をその獣の牙のような歯で弱く噛まれた。押し返すためだった自分の腕は、いつのまにか崩れそうになる身体を支える為のものになっている、このまま身を任せれば、瑠夏は本当にここで俺を抱くだろう。
バレる事はある意味今更かもしれないが、それでも隠しておくに越したことは無い。明かせない事が寂しいとも思わない、この関係は、瑠夏と俺だけが知っていれば充分だ。
「っ……瑠夏、離して、くれ」
「どうして?」
「…………鍵を……閉めてくる」
顔を伏せてそう言った俺を見て瑠夏は可笑しそうに笑い、頭をくしゃりと撫でるとそっと身体を離してくれる。瑠夏に抱かれるために扉の鍵を閉めに行く、しかもまだ時間的には真っ昼間だ、一歩足を進めるごとに罪悪感に似たものが募っていくが、それでも止まらずカチャリと、やたら耳に響く音を鳴らしながら自分たちをこの部屋へ閉じ込めた。
「ありがとう……じゃあ、寝室がいいかい?それともここでこのまま?」
「……寝室に行く」
「ふふ、わかった。じゃあおいで、早くキミを沢山愛してあげたい」
ノックが聞こえる度に、この罪悪感は更に増していくだろう。同じ屋敷に住む奴らが当たり前に仕事をしている中で、行為に没頭できる程には開き直れていない。けれどこの男を拒む事も出来ない、その瞳で、その声で、求められてしまえば倫理観は曖昧なものになってしまう。
ベッドに組み敷かれ、肌を触れ合わせていく中で何度か扉を叩かれた。気のせいだよ、と囁く瑠夏の言葉に溺れようとしたが、耳の中では何度もそれが反響している。気にし過ぎの幻聴かもしれない、それでも扉の向こうでは、あの鳶色の髪色をした無骨な男が待っているのではないかと、そればかりが胸にしこりとして残っていた。
ぐったりとシーツの海に溺れる中、瑠夏が耳元で「やっぱり、もうひとつ欲しいものが出来たよ」と囁いてきた事は覚えている。
それは何かと問えば誕生日の当日に付き合ってくれればわかると言うので、手ぶらな事に申し訳なさを感じながらも誕生日当日、いつもより一層賑やかに開かれたパーティーを一区切りさせてからそっと二人で抜け出し、瑠夏の運転する車で夜の街を走った。
郊外へ入り、更に奥、山道のような道を進んでいくと、まだ何もない林の中瑠夏は車を止める。片手に大きめのバッグを持ち「ここからは少し歩くよ」と、慌てて続いた俺の手を空いている手でしっかりと掴みながら、薄暗く頼りない道をそれでも自信満々に歩いて行った。
瑠夏は何も話さない、だから俺も沈黙を通す。どこに向かっているのかは知らないが、その場所に近付くにつれ瑠夏の表情は硬くなっているように感じた。その緊張が伝わってくるようで、どんな言葉も、今はかけてはいけないように思う。
「…………JJ、ここだ」
どのくらい歩いただろうか、それ程長い距離では無かったが。ずっと眺めていた瑠夏の表情から視線を移し拓けたそこに目をやれば、木々が囲んでいるその中に、月明かりに照らされる古惚けた建物があった。
ステンドグラスが闇の中でも煌めき、ぼんやりと夜の色に溶けている白い壁、長い年月を表すかのように巻き付く蔦も、どこか神聖な光を持っている気がする。
「教会……か?」
「そう、今はもう使われていないんだけれど、時々過去にここへ通っていた人たちが手入れをしているらしくて、中も綺麗なままなんだ。ほらJJ、こっち」
繋いだままの手が引かれ、瑠夏と俺は教会の扉の前へと立った。ギイィと重い音が静かな空気に響き、俺は僅かにたじろいでしまう。
教会は、贖罪と誓いの場所だ。神に許しを請い、神の前で永遠の愛を誓う場所。どちらも自分には縁が無い、これまで犯した罪を赦されようとする事も、誰かと夫婦になる誓いをすることも永遠に無いだろう。
瑠夏が腕をひいてくれなければ、きっとそこに踏み入る事は一生無かったはずだ。しかしここまで来ても、瑠夏が何をしたいのかはわからない。ただまた無言になってしまったその口元は固く引き結ばれたままで、繋がれた手が無ければ不安に押し潰されそうだった。
引き摺る影が、いつまでも瑠夏を本当に信じさせてくれない。愛おしいと想う気持ちも、瑠夏しかいらないという執着も本物だ、そこに見返りを求める弱さを、どうして捨てる事が出来ないのだろう。
瑠夏も俺だけであってくれたらいい、俺は瑠夏の他には選ばないから、瑠夏も俺以外を選ばないでくれたら、どんなに幸福だろうか。
「すごいな……JJ見てご覧、月の光がステンドグラスを照らして、色がボク達に降ってきているみたいだ」
「……あぁ……本当だな」
瑠夏の言葉が耳に届いて、俺はようやく息を吐けたような気がする。歯の浮くようなロマンティックな台詞も、それが瑠夏のいつも通りさを露わしているようでほっとした。瑠夏に倣い、常ならば神父が立っている台の前に並ぶと、瑠夏はまた笑顔を消し、真剣な表情で見つめてくる。瑠夏がここで俺に求めるのは、贖罪だろうか。
「JJ……ひとつだけ、答えて欲しいんだ」
「……あぁ」
「ボクに…………生涯を、懸けてくれるか?」
その問いがどういった意味のものか、最初理解する事が出来なかった。覚悟を問われているのなら、もうずっと俺はそのつもりだ。この命を懸けて瑠夏を守り抜くと、唯一人決めた相手だ、最期の一瞬まで、瑠夏の傍で瑠夏の為にこの身を使うと決めている。
当たり前だと、そう頷けば、どうしてか瑠夏は寂しそうに眉を下げた。違うんだと、キミの覚悟ではボクが悲しいと、そう俺の肩を抱きながら告げてくる。
「守るという事は、生かす事であり、生きる事だ。だからボクはキミを一生守ると誓うよ。キミも、ボクを一生守ってくれるだろう?」
生きて、自分を守れと瑠夏は言う。だからこそ俺はその言葉に即答出来なかった、自分が覚えているのは人を殺す手段だ、守る方法じゃない。そんな俺が誰かを、瑠夏を守ろうとするのなら、きっとこの身を盾にするしかないのだから。
肩を掴んでいる瑠夏の手に力が籠った、痛い程の強さに瑠夏の思いの丈を知ったが、それでも、俺は、
「なぁ、JJ」
「っ……瑠夏……?」
「頼むから……頼むから、ボクと生きる事より、ボクを守る事の方が大事だなんて、思わないでくれ。ボクはキミと生きていきたい、いつまで生きられるかなんて保証は無いけれど、それでも……夢を見たいんだ」
額同士を触れ合わせ、瑠夏は俯いたまままるで懺悔でもするかのように、悲痛な声で俺にそう告げてきた。力の入りすぎた瑠夏の手が微かに震え、涙を流してはいないが、その姿はまるで泣いているかのように見える。
俺が、瑠夏を追い詰めたのか。俺が知っているよりずっと、瑠夏が俺に与える愛は深く重いものだったのか。この俺の肩を掴む瑠夏の手の強さが、今にも泣きそうな悲痛な声がその証拠なら、きっと。
影が消える、いつも傍にあった幻想だ。見られているような気がしていた、自分よりも長い時を共にしていた二人の事を、どうしても意識せずにはいられなかった。罪悪感と独占欲がいつだって隣り合い、鳶色の髪をした男の目をまともに見れなくさせた。向き合えば、俺の知らない色をしていたかもしれないその瞳を。
だらりと下ろしていた両手を、怖々と瑠夏へ伸ばす。壊れ物に触れるような慎重さで頬に手を置けば瑠夏は顔を上げ、青い瞳がゆっくりと俺を映した。その強い光を、じっと見据える。
「瑠夏、俺は……きっと、アンタの望まない死に方をする」
「…………」
「それが俺の全てだからだ、瑠夏が生きていてくれないと、俺の存在理由は無くなる。だが……その……」
人に何かを期待するのは辛い事だ、苦しい事だ、誰もが当たり前にそれをしていたとしても、俺は怖かった。願わず望まず、そうして生きてきてしまったから、きっと一度の失望で自分の脆い心に気付かされる。
だから願うのは、壊されてもいい相手にだけだ。他の退路を失くして、ただ一人にだけ。
「瑠夏が……瑠夏の生きている理由に、俺も入れてくれるのなら……俺は、アンタの為に生きると……誓う」
命を懸けられる相手が、自分の全てを捨ててでも守りたい相手が、もし自分を生きる理由にしてくれるのなら。そんな幸福が許されるのなら、俺は決して死なない。瑠夏と自分を同じ天秤にかけても決して釣り合う事は無いし、この先もその比重は変わらないが、自分を軽く見過ぎるのを止める。瑠夏の命を預かる分だけ、自分の命を重くしよう。
肩を掴んでいた瑠夏の手の力が弱まる、作り損なったような笑みで俺を見る瑠夏の額に、自分の唇を触れさせた。
「……そんなの、とっくにそうなってるよ……気付いてくれて無かったなんて、酷い恋人だ」
「……悪かったな。だがアンタはそういう相手を選んだんだ、仕方ないだろう」
「あぁ、そうだね。だから一生根に持ってあげるよ……ねぇ、JJ」
Volevo solo farti sapere che sei gran parte di me.
耳元に唇を寄せた瑠夏は、掠れた声でそう囁く。意味を問えば、「教えてあげないと」わざわざ口元に人差し指を当てながら言われ、俺は響きだけ残る言葉に、それでもそれはきっと大切な事だろうと、何度も繰り返し心へ刻んだ。
「そうだ。本当は、もっと格好良く始めたかったんだけど」
「……?何だ?」
瑠夏は床に置いていたバッグを開くと、そこから透けた布のようなものを取り出す。それを俺の頭に被せると、似合っているよと嬉しそうに笑いかけてきた。頭から顔までをすっぽり覆うそれは全貌が窺えなかったが、この場所に来るときにわざわざ準備していたものならば想像はつく。
「……ウェディングベールか?」
「正解。本当はドレスも準備したかったけど、大掛かりな物はキミが嫌がるかと思って」
「……これだけでも、充分大掛かりだ」
結婚式に花嫁が被るもの、それをこの教会で俺に被せたという事は、結婚式の真似事でもするつもりなのだろうか。誰も祝福する人の居ないこの寂れた教会で、俺と瑠夏だけが知る、誓いを立てるのか。
「ボクらは、夫婦としての誓いは立てられない。だからここで神に誓うのは……さっきのやり直しだよ、JJ」
「……」
瑠夏は薄いベール越しに、真っ直ぐ俺を見つめてきた。今度はそっと肩に手を添え、月明かりの下でもわかる程はっきりと頬を染めながら、静かな言葉を紡ぐ。
「ボクは、キミを一生守ると誓う。だからキミも、共に生きて、ボクを守ると誓ってくれ」
「……あぁ、誓う。アンタを守るために生きると誓うよ、瑠夏」
くしゃりと笑みの形に歪んだ瑠夏の表情は、やはりどこか泣きそうに見えた。肩に置かれた手が外れ、片方がベールを捲り、逆の手が俺の頬に触れる。僅かに屈んだ瑠夏の顔が近付き、優しく、慈しむようなキスを交わした。
誰にも見守られない、それこそ神が居るのなら、その存在しかこの誓いを見届ける者はいない。それでいい、お互いが知っていれば、ただそれだけで遂げられる願いだ。
「愛しているよ、JJ……キミだけに、ボクの愛を捧げる」
「……俺も、だ……瑠夏……瑠夏に、全てを」
そうして、また口付けを交わす。ここに立った時瑠夏が言ったように、色が降ってくるような光の中に俺達は居た。静かに煌めくそれは、踏み入る事が許されないはずの自分にすら翳りなく降り注ぐ。薄く開いた視線の先で瑠夏の青い瞳にぶつかり、それでも、一番綺麗なのはきっとこの色だと、また目を閉じた。
「……この時間は、アンタへの誕生日プレゼントのはずなんだが……俺が貰いすぎてる気がするな」
「ははっ、面白い事気にするね。大丈夫、心配しなくてもボクも充分貰っているし、まだ貰うつもりだ……ん……JJ、ここ、座って」
「ん……?あぁ……」
瑠夏は軽く触れた唇を離すと、すぐ傍の長椅子へと俺を誘導し、座るようにと指示してくる。言われた通りに腰掛ければすぐ瑠夏が隣へ座り、また俺へ口付けてきた。今度は先程までの触れるだけのものとは違い、露骨に官能を煽ってくるように深く濃厚なものだ。まさかと腕を伸ばせば逆にその両手を掴まれ、そのまま長椅子に押し倒される。
「瑠夏……っ、まさか、ここで」
「嫌?まぁ、嫌でも止めないけどね」
「嫌、に、決まってるだろう、ここは……っ」
「ボクは神を信じているけれど、この行為が許されない事だとは思っていない。だから優先するのは、キミにさっきの誓いを刻みつける事だ」
「何言って、っ、瑠夏……!」
「忘れないように、決して違えないように、ね……ほら、恥ずかしい方が、きっと忘れないだろう?」
静かな狂気を孕んだ声は一瞬の事で、すぐにいつもの調子で瑠夏は俺へ微笑みかけると慣れた手つきで服を脱がせてきた。ベールを取らないのはわざとだろうか、すぐ潜り込んできた手の動きに、身体の熱は勝手に上がっていく。
「んっ……く……」
「声、我慢しないで。キミがちゃんと感じている事を、ボクに教えて」
「っあ……!ふ、瑠夏……っ」
外気に晒された肌は、場所もあってか酷く敏感になっていた。指の腹で胸の突起を押し潰されれば身体が小さく跳ねる、あられもない声が漏れてしまいそうな口を自らの手で塞げば、瑠夏はそこにキスを落とし、優しくその手を退かされてしまう。
代わりに歯を食い縛るが、首筋から胸へと唇と舌で愛撫され、手が徐々に核心へと迫っていけばどうしたって瑠夏の望む通りに声が漏れてしまった。ふいに強くなる愛撫への反応や、逃げようとする反射で身体を動かす度、長椅子がギシリと音を立てる。
「あっ、瑠夏、待っ……!」
「……ふふ、すごいな、触る前からトロトロだ……下着、汚しちゃったんじゃないかい?」
「う、るさ……アンタの触り方、が、あっ……ねちっこい、からだ」
「んー……それは、もっと激しくして欲しい、ってこと?」
「違う!っ、あ、あぁっ!」
俺の否定の言葉も聞かず、瑠夏は先走りでドロドロになっている俺の昂ぶりを握り込むと、強く上下に扱いてきた。腰が痺れ、駆け上がってきた快楽で視界が滲む。粘着質な音が外まで響いているような気がして、その羞恥を意識してしまえば、余計瑠夏の与えてくる快感は鮮明になった。
「待、て……っあ、あ、瑠夏、駄目だ……っう!」
「だから、我慢するなって言っただろう?ほら、出していいから」
「うあっ、や、あっ……!」
びくんと、全身が跳ねるのと同時に、露出した腹から胸へと生温かい液体が降ってくる感触。息を荒げながらぼやけた視界で瑠夏の表情を窺えば、指についた白濁を舐め取りながらじっと俺の顔を見つめている。満足そうだが、瞳は先程キスを交わした時よりずっと獰猛な色をしていて、思わずその強さに見惚れた。
濡れた瑠夏の指が俺の腹や胸についた白濁を絡め、逆の手が器用に脱げかけた下着とズボンを足から抜き取る。片足をぐいと広げられ、俺が吐き出したもので濡れた瑠夏の指が、後孔にそっと触れた。
「……っ」
「早く挿れて欲しくて仕方ない、って顔してるよ、JJ……ボクを誘ういやらしい顔だ」
「んっ……く……」
そういうつもりじゃない、とは言えない。この男に限って無いとは思うが、今ここで止められれば、俺は続きをしてくれと縋るだろうから。ステンドグラスから透ける淡い色の月明かりも、古びた長椅子が軋む音も、何もかもがここは神聖な場所だと教えてくるのに、自分の信心の無さを差し引いたって、今瑠夏と抱き合う喜びには到底敵わない。
俺だけに与えてくれるこの男の愛を受け止めること以上に、優先する事が見当たらない。
「っ、く……ん、瑠夏……」
「っ……JJ、そんなにボクを求める目で見ないでくれ……キミへの愛おしさで、気が触れてしまうよ」
「瑠夏……もう……っあぁ……!」
数を増やしていた指の全てで、深く奥を突かれる。ぐちゃぐちゃと掻きまわすように激しくなる動きに、俺はまた自分のものがすっかり昂ぶってしまっているのを自覚した。すっかり潤みきったそこから指が抜かれ、すぐベルトを外す音が続く。物足りなさにすぐ次を期待しながらも、俺は力の抜けた身体をどうにか起こし、瑠夏を軽く押し返した。
「JJ……?」
「準備は……俺がする」
長椅子に腰かけた瑠夏のベルトにかかっていた手を避けると、スラックスのファスナーを下ろし、下着の中から熱く昂ぶったそれを取り出す。未だひっかかっているベールが顔の前へ落ちてきて取ろうとすれば、瑠夏の手がそのベールをさっきと同じように捲った。
邪魔になるので外してしまった方がいいと思ったが、俺の頭に触れる瑠夏の手はそれを許そうとはしない。仕方ないと諦め、そのまま伸ばした舌で昂ぶりに触れる。ベールごと掴んでいる手の力が強まるのが、少し嬉しかった。
「はっ……ん、む……」
「んっ……すごいな、なんだかとても背徳的な気分だよ……興奮する」
瑠夏は俺の耳元に唇を寄せ、そう囁く。ぞくりと肌が粟立ち、口腔一杯に咥えたそれを更に無理矢理深く呑み込む事でその疼きに耐えた。たっぷりと唾液で濡らしながら、より感じる場所を探るように舌や手を動かしていくと、瑠夏の呼吸も乱れていく。
「っ……は……JJ、もういいよ」
「んぅ……っ、そう、か?」
「このままキミの口に出すのも魅力的だけれど、それより、一緒に気持ち良くなりたいだろう?」
唾液と先走りで濡れた俺の唇を指でなぞり、瑠夏は妖艶に微笑んだ。覆い被さってくる大柄な身体に合わせるようにして自らの身体を長椅子に横たえると、またギシリと音が鳴った、それが合図だったように、瑠夏は俺の足を抱えると昂ぶりをゆっくりと埋め込んでいく。
「んっ……!く、あ……ぁ……っ」
「……キミの中、待ち切れないって何度も締め付けてくるよ……もっと性急な方がいい?」
「う、ぁ……アンタ、の……好きにして、いい……」
「全く、後悔するよ……いや……そうだね、後悔させてあげるよ」
「ふ……っ、あぁっ!」
まだ全てを埋めていなかったそれがギリギリまで抜かれ、今度は一気に奥までを貫いてくる。目の奥に火花が散るような衝撃に息が詰まり、けれど落ち着かせる暇も無く、瑠夏はそのまま激しい動きを繰り返した。
「あっ!あ、瑠夏、瑠夏……っ!」
「JJ……っ、ボクを、見て……んっ」
「んぅっ……ふ、ぅ……!」
噛み付くような口付けに、また呼吸が出来なくなる。唇が離れる度喘ぐような呼吸を繰り返し、後ろを何度も穿たれる感覚に僅かに残っていた理性が消えていくような気がした。
ギシリ、ギシリと長椅子の軋み、しかしそれはもう、この場所を喚起させる程の強さを持たない。感じるのは舌の絡み合う感触、汗ばむ肌が布に擦れるくすぐったさ、自分の奥へ奥へと入り込んでくる熱、両腕で瑠夏の広い背にしがみつけば、その全てがよりはっきりと感じられた。
「っ、ん……JJ」
「あっ……く、イ……あぁっ!」
触れられればあっけなく俺は果ててしまい、瑠夏も数度中を強く擦り上げると、そのまま奥へ熱を注ぐ。激しい行為でお互いに呼吸を荒くしながら、俺も瑠夏も強く抱いたその身体を離そうとはしなかった。夏の夜の生温い空気の中でも、身体の熱はゆっくりと下がっていく。
「……静かだな」
「ふふ……そうだね。ここにはボクら以外誰も居ないから」
「……なら……アンタは今、俺だけのものか?」
きっとまだ正気ではない、熱に浮かされた頭のままなのだろう。おこがましい問い掛けだとわかっていても、それを踏み止まらせるだけの理性は働かない。
綺麗な色をしたステンドグラスは、月が傾くと共にいつの間にか光の位置を変えていた。煌々としたこのコントラストを、きっと俺は忘れないだろう。この透き通る青の双眸が、俺を見ていてくれる限り。
「あぁ……でも今だけじゃない。ずっとボクはキミだけのもので、キミも、ボクだけのものだ。神に誓わなくても、ボクの全てで約束するよ」
「……あぁ……ありがとう、瑠夏」
「そこは、愛してるよ、って言ってくれた方が嬉しいかな」
からかうように、それでもこの穏やかな空気を崩さない静かな口調でそう囁き、瑠夏は俺の頬に口付けを落とした。涙は出ない、けれどこの感情は泣きそうな時のそれに似ている。涙を流す代わりに小さく笑うと、俺も同じように瑠夏の頬へ口付けた。
「……愛してるよ、瑠夏……一生、アンタと生きていく」
「うん……ボクも、愛しているよ。生涯懸けて、キミを愛する」
Non potrei piu vivere senza di te.と、また聞き慣れない言葉が耳へ届く。気障な振る舞いをする事にかけては、この男の右に出るものはそうそう居ないだろうと思いながら、俺は答えのわかりきった問いかけをする。
「……なんて言ったんだ?」
「ん?秘密だよ」
そう言って、今度は指を唇に当てる代わりに、瑠夏は唇同士を触れ合わせてきた。
いつか、イタリア語を学んでみるのもいいかもしれない。俺にはわからないと高を括って告げてくる言葉を言い当ててやれば、この男も驚き照れ顔のひとつでも見せてくれるのではないだろうか。今はまだ分からないその響きも、きっとわかるようになってやろう。
互いの指に指輪は無い。物に誓うのではなく、形の無い心にだけ強く刻み込まれるようにと。それはきっと、想うだけで強くも脆くもなる、目に見えない証だ。
淡い光に満たされる教会の中、役目を終えたこの場所だけが二人の誓いを知る。静かな充足に、俺達はしばし身を委ねていた。
Volevo solo farti sapere che sei gran parte di me.
(貴方が私の心の大部分を占めるのを知って欲しい)
Non potrei piu vivere senza di te.
(貴方無しではもう生きていけない)
おわり