綺麗でおぞましい怪物の話
初めての事ではない、だからこそもう態度に出さない方法は覚えていた。連れ添う姿を見て心臓が掴まれるように感情が揺さぶられたとして、ただ無表情に肯定出来る。男はそれを見ていつも少し表情を歪め笑った、「ごめんね」とでも言うかのようなウィンクを残し、品の良い香水を纏わせた女と部屋の向こうへ消えていく。身体チェックはさせてもらった、そうでなくともこんなパーティーに来るような人物だ、滅多なことなど起こらない。
気になる事はそれじゃないはずだ、と遠くから声がした。違う、それも気にはなっているのだろうと、しかし一番じゃない。男相手の時以上の焦燥、女は嫌いだ、瑠夏の傍でこうして護衛を任されるようになってからは、特に。
可能性はなくならない、最善でも足りない程に、自分にとっての最悪はいつだって起こり得る。
「――……」
閉められた扉に背を預けてしばらくすると、中からは妙に響く声が漏れ聞こえてきた。始まったのだ、ただ耐え忍ぶだけの時間が。両手を使う訳にはいかない、いつでも銃やナイフを持てるように、だから自分の手では耳を塞げない。そして耳栓などもってのほかだ、音は異常を察するための重要なファクターだ、常に研ぎ澄ませておかなくてはいけない。
例え聞きたくもないものが聞こえてきても、そこに異常が無いかを知るために。
「…………」
この時間はいつも長く感じられた、終わった後に時計を確認すればそれほど長い時間は過ぎていない事がほとんどだ。苦しい事や嫌な事は、その時間の流れを何倍にも遅くする。
周囲を警戒する事だけに意識を集中しようとするが、そのせいで余計音に、声に敏感になった。腹の奥が暗く濁っていく、こんな日はいつも食事が喉を通らない、だから吐いた所で胃液しか出ないだろうとわかっていても、その淀みごと吐き出してしまいたくてたまらなくなる。
心を殺す、記憶や意思に全て蓋をし自分の存在を忘れてしまうと良い。本来そうだったはずだ、余分な感情を持つ方が間違っている。一つの駒になるのなら、それが一番正しい姿だろう。あの男の為に死ぬのなら、それが俺の正しい在り方だ。
「……ん」
ドアが内側からノックされる、これはいつもの終わった合図だ。背中の弱い振動を感じながらドアから離れると、顔を伏せた女がおずおずといった様子で姿を見せる。俺をちらりと見ると続いて出てきた瑠夏へ身を寄せ、何かこちらへ聞こえないよう耳打ちし、見せつけるつもりなのか頬へキスを落とすとゆっくり廊下の先へと消えていった。
先程より強く、香水の匂いを感じる。元から女が纏わせていた香りは好きではなかったが、別のものが混ざり合って余計不快な香りになっている、きっと今瑠夏に寄り添えば、同じ香りがするのだろう。
「待たせて悪かったね、JJ」
「……俺はアンタの護衛だ、好きに使えばいい」
「拗ねてるのか?折角今日はこの部屋で一緒に泊まりなのに、構ってあげられなかったからね」
くしゃりとその大きな手で俺の髪を撫でてくる男に、ざわりと感情の底が刺激された。怒りと悲しみがない交ぜになったような、それを隠そうとせず手を軽く払えば、瑠夏は僅かに目を細めそのまま俺の頬を撫でてくる。
物足りない、まだ欲しいと、その視線で訴えてくる男に、俺は瞬間情欲を煽られてしまった。廊下の先に人が居ない事を確認し、身を寄せるとそのままどちらともなくキスを交わす。触れる直前瑠夏の唇に紅色が擦れた跡を見つけ、それを拭うような勢いで唇を押し付け舌を絡ませた。
「ん……っ、ふ、ぅ……」
嘘だ、全部。感情を殺してどうにかなる熱ならば、とっくに消えている。何度踏み躙って今度こそ跡も残らない程に殺し尽くしたと思っても、気付けばまたそこに存在しているのがこの男への感情なのだから。その醜さが導くままに、俺は瑠夏を少しだってあの女のものにはしない。
なぁ瑠夏、俺のものでなくて良い、でも、だから、どうか誰のものにもならないでくれ。
その言葉を、混ざり合った唾液と共に飲み干しながら、縺れ合うようにして部屋へ入る。
「舌が熱い……なぁJJ、いつもより興奮しているだろう」
「はっ、ぁ……さぁな……んっ」
「ん……んっ、だってキスだけで、ここ、少し反応してる」
ベッドに押し倒されてすぐズボン越しに前を撫でられ、思わず腰が浮いた。少し乱れたシーツからはあの女と同じ匂いがする、ふわりと栗色の髪を揺らし去って行ったあの女はきっと、自分が優しく抱かれたベッドで今別の男が抱かれているなどと微塵も思っていないだろう。
瑠夏は女性を優しく抱く、乱暴にすると壊れそうだからと、普段の激しさを隠しどこかのお姫様でも相手にするように。そんな知りたくもないようなことを、俺は幾度となく教えられた。部屋の外で護衛する時はまだいい、同じ室内で相手の女に気付かれないように、事が終わるまで息を潜めているというのは今より長い苦痛になる。
「っう……焦らす、なよ……早く触ってくれ」
「なら、自分で脱いで、もっとボクをその気にさせてくれるかい?」
「……意地が悪いな」
濡れた自分の唇を赤い舌で舐めながら、瑠夏は緩く撫でていた手を離すと俺の服の留め具を指先でなぞってきた。手の動きを追うように僅かに視線を下へずらすと、首元にわざとらしい程にはっきりとつけられたキスマークを見付ける。指を伸ばして触れると、瑠夏はどうしてか愉快そうに瞳を細めた。
これを、証にでもしたつもりか。軽く爪を立ててそこを引っ掻いてから身を起こし、さっさと服を脱ぐ。上を全て脱いでからベルトに手をかけ、一気に抜き取るとスラックスも下着ごと下ろし脚から抜いた。
「アンタの服も脱がせてやろうか?」
「ふふ、サービスがいいね。どうしたんだい?」
「……さっさと済ませたいだけだ」
クスクスと笑いながら俺が脱がせるに任せてシャツを腕から抜いた瑠夏は、そのまま次の行動を待つようにゆったり座っている。ベルトを外してやるとその表情に欲が混じり、項に伸びてきた手が煽るようにくすぐってきた。
早くこの男が欲しい、さっきの紅色を忘れたい。あの女は見た事もないだろう激しい瑠夏に抱かれて、優越感に浸りたかった。後でいくら空しくなってもいいから、今この男の目を自分だけに向けたいという欲求に勝てない。
「ん……っ、ん……」
吸い付き、軽く噛みついて瑠夏の身体へ自分の痕を残していく。瑠夏の手が後ろ髪を撫でつける、ゆっくりと背中をなぞりながら下りてきた指先が、尾骨辺りで止まった。
「キミの、準備は?」
「……出来てる訳が無いだろう」
「ボクはもう我慢出来ない、いいだろ?」
「おい……っ」
逆の手も腰へと回され、自分の方に引き寄せようと力を込めてくる。まさかこのまま挿れる気かと両腕を瑠夏の肩へ置き抵抗していると、俺の腹に頬を擦り付けたままの瑠夏がふと片手を離し、自分のポケットを漁り始めた。そうして出てきたものに、俺はまた胸の奥が濁るのを感じる。
「……同じように、使ってあげようか?」
瑠夏は、その言葉に俺が傷つくと知っているのだ。顔を上げて俺の唇を捉え、戯れにキスを落としながら笑う男が残酷な言葉を吐くときは、自分に縋らせたい時だという事は知っている。相手が離れられない事を確認したい、時折見せる欲深な一面に俺は、それでも思う通りに離れる事は出来ない。
瑠夏の手から四角い袋に入ったそれを奪い破くと、中から出てきたものを先程からかうように擦り付けてきている昂ぶりへとつけてやる。薄いゴムの膜がぬらぬらと光りながら瑠夏のものを覆っていく様に、嫉妬と情欲が息を詰まらせた。
「本当に、大サービスだね」
「……んっ……そう、かもな」
後孔へぬるつくそれをあてがうと、解してもいないそこに無理矢理押し込んでいく。先を入り込ませただけで痛みと圧迫感が身を襲ったが、何度も腰を引いて浅く抜き差しをしながら慣らし、少しずつ自分の中へ埋めた。
苦しさの代わりに下肢から恍惚感と満足感が生まれ、快楽の量に反して自分のものが昂ぶっていくのがわかる。
「はっ……あ……」
「っ……狭いな……なぁ、痛いだろうJJ?」
瑠夏は力の入った俺の太股を愛おしげに撫でると、逆の手では胸を揉むように触れてきた。どこも柔らかくなくて悪かったなという悪態は、吐き出した瞬間自分に刺さりそうでまた口を噤む。
ぐっと腰を落とし、一番太い部分をどうにか埋めれば後は奥が拡げられていく感覚に耐えればいいだけだった。自分を楽にするために敢えて弱い部分に擦りつけるようにしながら全てを飲み込むと、息を吐く暇もなく視界がぐらりと落ちる。
「あっ……!」
「もういいよね、それともまだ?」
ぐちゅり、と卑猥な音を立てて瑠夏のものが少しだけ抜けた。すぐにでも押し込まれると思ったそれはそのまま動かず、青い瞳が俺に言葉を求めてくる。聞かれずとも望むようにしてやる、そうしてこのベッドに、俺と瑠夏の匂いしか残らないようにしたかった。
「動いて、いい」
「あぁ……今日のキミは、たまらないな……沢山泣かせたくなる」
「なら……酷くしろ」
「……へぇ」
「どうせ、全然足りないんだろう?その分を俺にぶつけたらいい。いくらでも、付き合ってやるよ」
そう言って瑠夏の首の後ろへ腕を回せば、すぐ横でごくりと喉が鳴る。また余裕たっぷりな言葉を耳元に囁かれるのかと思えば、次の瞬間腰に重い衝撃が走った。
「うぁっ!あぁっ、瑠夏……っう!」
「は……っ、全く……開き直ったキミは、怖いくらいだ……っ」
「あぁ、あ……!はっ、も、あっ!」
激しく中を穿たれる度に、官能は急速に昇り詰めていく。身体を深く折り曲げられ、瑠夏の指が肌に食い込む感触にすらぞくぞくとした。息を乱しながらしがみついた指先で広い背をなぞれば、そこに薄い傷痕を見付ける。濁った感情をぶつけるように、ガリ、と強く爪を立てた。
「っ……痛いなぁ」
「傷、なんて……あっ、残させる、な……っ」
「それをキミが言うのかい?ふふ……」
唇が重なり、瑠夏の舌が俺のそれを絡め取った。お返しのように舌を甘噛みされるが、痛みが無くただの愛撫のような感覚は、内の快楽を増すだけだ。
抽挿が早くなっていく、昂ぶる自分のものはそれでも絶頂にはもう少し足りない。自分で触れたくても、両手はしがみついているだけで精一杯だ。
「瑠、夏っ、あ、触っ……あぁっ!」
「ん……駄目、ここだけで、イってみせて……っ、く……」
瑠夏が目を閉じ、中の存在が震える。達したのか、いつもの熱が与えられないせいでよくわからない。瑠夏のものは大して萎えないまま俺の中に収まっているから、余計に。
「んっ……あ……」
「……そんな顔をするなよ、JJ。まだ終わりなわけが無いだろう」
瑠夏のものが抜けていく、腹の奥で暴れる熱に負け、泣きそうな瞳を俺は向けてしまったのだろうか、瑠夏が軽く笑いながらつけられていたゴムを外し、手早く縛ると近くのゴミ箱へと放った。同じものが入ってるだろうそこは、ゴトと一度だけ音を鳴らす。
これでは変わらない、あの女の方が強い。なら次は、あの女には出来ない事を。瑠夏が、させない事を。
「次はあんなもの、つけるな」
「嫌だったかい?中に、ボクのが欲しかった?」
「あぁ……苦しくなるくらい、アンタのが欲しい……沢山、俺の中に出してくれ」
僅かに身を起こし男へ自分から口付ける、瑠夏は目を細めながら俺のキスを受け入れ、離すと熱っぽい吐息を漏らした。薄く口元に笑みを浮かべたまま、しかし手は余裕なく俺の肌を弄り出す。そうして今度は、なんの隔ても無く瑠夏のものが入り込んできた。
「あ、あ……っ」
「さっきより、感じてるんじゃないか……?JJ、なぁ、教えてくれ、よ」
「ひっ、あ!待、あ、ああっ!」
わざとだろう、俺の弱い場所を熟知している瑠夏はそこばかりを執拗に擦り上げてくる。下肢が震え身体の芯が異常に熱くなったかと思えば、俺は自分の意思が追いつくより先に射精していた。
ぱたぱたと胸や顔に降ってくる生温かさに眉を寄せれば、そこに瑠夏の舌が触れる。
「は……っ、ん……」
「ん……これも、気持ち良いのかい?もっと、してほしい?」
「っ……!!く、あぁっ!」
瑠夏の動きはいよいよ容赦が無くなっていく、繋がったまま身体を反転させられ、後ろから一気に奥まで貫かれた。頭の芯が痺れ視界が眩む、腕が崩れ枕に顔を押しつけながら喘ぐ俺を、それでも瑠夏は激しく攻め立ててくる。
混ざり合った香水の匂い、狭い視界に一本の薄い栗色が映り、口角が上がったのを自覚した。抜けていくものを締め付け、自分からも腰を揺らす。中のものが更に張り詰めていくのを感じて、達した後もトロトロと漏らし続けていた俺のものを自らの手で扱いた。
あの女が決して与えられないもの、瑠夏が決して与えないもの。羨望は無くただ恐怖だけだ、俺の知る女が残すのは、いつも。
「あっ……!イ、っ、あぁ……っ!」
「っ……く……!」
先程は無かった熱が腹の奥に注がれる、死ぬためだけに流れ込んでくる。気持ち良すぎて身体の震えが止まらない、瑠夏の手が皮膚に触れるだけでじっとしていられない程に、全身が敏感になっていた。
その反応を瑠夏が気付かないはずもなく、手が執拗に性感帯を弄ってくる。そうしている内にまた張り詰めた瑠夏のものが、今度はゆっくりと俺の中を犯していった。粘ついた音が大きくなったように思う、鼓膜まで鋭敏になったのだろうか。突かれる度に甘ったるい声を漏らしながら、俺はまた自分の中に注がれる熱を待った。
「うぁっ……!あ、瑠夏、ぁ……っ」
「JJ……っ、なぁ、知って、いたか……?」
「ひっ、あ……っんん、う……!」
「ボクは、キミの……っ、涙が、好きなんだ」
身体を引き寄せられ、背を向けたまま瑠夏の上に乗せられる。俺の耳元に残酷な囁きを残した男は舌で俺の頬に触れ、流した涙をなぞっていった。
瑠夏はきっと、自分の醜悪さを飼い慣らしている。見せつける事で嫉妬を植え付け、それに締め付けられて身動きが取れなくなるまで毒を与えて、俺の視線を待っているのか。
とっくに向いている事には、気付きもせずに。
「悪、趣味だ……っあ……!」
「可愛がっているんだよ。ボクは特にキミを、気に入っているんだから」
その内の、一人だろう。惑わすような言葉にそれでも俺はまだ微かな期待を持っていて、早く無くなれとまた何度もそれを踏み躙った。その度に強くなる事にも、気付きながら。
終わり