駄目と言われても獣の性
今日は性交禁忌の日。らしい。聞いてもいないというのにパオロの奴がニコニコと笑いながら近づいてきたかと思えば突然そんなことを話し出し、加えて「破ったら3年以内に死んじゃうらしいからJJも気をつけてねー」などと不吉な言葉を口にすると来たときの笑顔のまま去っていった。どうやらまた俺をからかいに来ただけらしい、迷惑なことだ。
そんな迷信信じるつもりはないが、瑠夏の部屋へと向かいながらその言葉が頭から離れなかった。この先どうなるかなど決まっている、あの男が相手だ、何も無いわけがない。
「……瑠夏、俺だ」
「あぁJJ、入ってくれ」
ドアを開く、ソファーにゆったりと腰掛けていた瑠夏がこっちにおいでと手招きをしているのでそれに従い……その前に、ドアの鍵をかける。瑠夏が俺を呼ぶときはそれ以降何の予定も無い時がほとんどだ、無いとは思うが突然人に入って来られては困るどころの騒ぎではない。
俺の行動に何も言わなかった所を見ると問題はないのだろう、改めて瑠夏の傍に立てばすぐにぐいと腕を引かれた。バランスを崩した俺が瑠夏の肩に手をかけると逆の手がうなじを滑り、顔が近付いてきてやわらかく唇を食まれる。そのまま数度啄ばむように口付けてからしっとりと唇同士が合わさり、舌が入り込んでくるのを受け入れながら、しかし頭の中には先程のパオロの言葉がよぎった。
「ん……何か気がかりな事があるのかい?」
「あ……その……悪い」
「謝る事はないけれど、ボクに夢中になってもらえないのは寂しいからね」
そう言って頬にキスを落とすと少し身体を離し、俺の腰を抱えたまま「何かあるなら話してくれないか?」と真っ直ぐ見つめてくる。俺は瑠夏の隣に座り直すと、ありのまま先程パオロに言われた事を話した。気にしないと、瑠夏が笑い飛ばしてくれれば自分の気も晴れるだろうと思ったのだ。
「性交禁止……ね」
「パオロのいつもの戯れ言だと思うんだが……破った時の結果があまりに物騒だったからな」
「んー……そうだね、死ぬとまで言われるとね」
瑠夏は顎に手を置き何か真剣に考えているようだ、この男なら気にせずに、というか「そんなこと気にならなくなるようにしてあげる」くらいは言ってのけそうだと思っていたが、意外に気にするタイプだったのだろうか。
「性交……って、どこからだと思う?JJ」
「は?」
俺の逃げ道を断つように両手をソファーに置き囲い込みながら、また頬に口付けてくる瑠夏の口調は、いつの間にかすっかり情事のとき特有のそれになっている。
「キス、はまぁもうしちゃったし、それに向こうじゃ挨拶だからセーフだと思うんだよね」
「んっ……!は、瑠夏……っ?」
「服を脱がすのも大丈夫だろうし、あぁ肌に触れるのはどうだろうね、まぁ問題ないと思うよ」
「や、あっ……待て、って、おい……!」
自分勝手な解釈をしながら唇を合わせてきたかと思えば、今度は何の理由もつけないまま肯定し服の裾を捲り上げ肌を撫でてきた。身体のラインをなぞりながら更に潜り込んできたその手は、意地悪く胸の突起を掠めるようにして触れる。
つい小さく漏らしてしまった声に「ほら、そんな声を出したら破った事になっちゃうかもしれないだろう?」とほとんど触れ合っているような距離で唇を動かす瑠夏。あぁ、少しでも気にするタイプだなどと考えた俺が馬鹿だった、この男がそんなに殊勝な性格をしていないことなどわかりきっていただろうに。そんな俺の気持ちに気付いたのか、瑠夏はクスッと可笑しそうに笑う。
「第一、ボクの部屋に来てただで済むなんて、キミも思ってなかっただろう?」
「……まぁ、アンタだしな。何があったってこうなるだろうとは思っていた」
「酷いなぁ、人を盛りのついた犬みたいに」
「どちらかといえば、発情期のライオンだな」
「ライオンねぇ……あぁそうだJJ、知っているかい?猫科の雄は、雌の匂いで発情するんだよ」
そう口にして俺の肩を押しながら覆い被さってきた瑠夏は、形の良い鼻を擦りつけるようにして首筋に埋めてきた。くんくんと、それこそ犬猫のように匂いをかいでくる男は身体に這わせた手の動きを徐々に大胆にしていく。服の前を開き、露出した肌へ熱っぽい手が這い回るその動きはやけに興奮しているように感じ、先程の言葉の通り、俺の匂いで発情でもしているかのようだ。
「瑠、夏……くすぐったい、んだが」
「やっぱり、キミの匂い好きだな……ふふ、本当に発情しそうだ」
「……いつもしてるようなものだろう」
「んー?失礼なこと言う口は、こうだ」
そう言って顔を上げた瑠夏はまた唇に口付け、今度は深く、長く、俺の口腔を味わうように舌を蠢かせた。もし瑠夏が本当に猫科の生き物ならば、この舌はざらざらとしているのだろうかなどと益体もない想像を巡らしながら瑠夏の背にしがみつき、自分からも舌を絡ませる。
瑠夏は俺の匂いを好きだと言ったが、俺も、瑠夏の匂いは好きだ。抱き合った後服に残る香りに、思わず頬を緩める程度には。
「そうそうJJ、さっきの話を聞いてて思ったんだけどね」
「っ、ん……?」
「今日がそういう日だとして……ボクら、もう破っちゃってたよ」
「……?どういう、事だ?」
唇を耳へ滑らせた瑠夏は、軽いリップ音に続けて低く艶っぽい声で囁いてくる。その声のせいで俺は身体の力が抜けていく感覚に陥りながら、それでも聞こえてきた瑠夏の言葉に目を見張った。
「今日を迎えたのは、ボクのベッドでだっただろう?ふふ、何回目だったかまでは覚えていないけれど」
「……っ!!」
日付というのは朝起きた時に変わるわけではない、深夜0時には、もう今日になっていたのだ。
瑠夏の唇が触れている耳までもが赤くなっているだろう事がわかる程に、顔の体温は一気に上がった。散々身体を重ねておいて、と言われるかもしれないが、それでも乱れていた時の自分を思い出させられるのは文字通り顔から火が出る思いだ。
「それに……まぁ、こういうときに言う事じゃないしボクとしても複雑で苦い思いのする話だけれど……お互いに今更、だろう?」
「……それもそうだな」
いちいち日にちなど覚えてはいないが……まぁ、今も生きているという事はやはり迷信なのだろう。信じていた訳ではないが、その事に思い至らなかった自分はまんまとパオロの話術にハマっていたらしい。悔しいが、一生かかってもあいつに口で敵うとは思えないので諦めるしかないのが、どうにも釈然としない思いだ。
「だから、気にせずに今日もたっぷり、愛し合おうね……JJ」
「あ……いや、その……連日だろう、少しは手加減してくれると助かるんだが」
「却下だよ。というか、無理だ。ほら、キミの匂いですっかり発情しちゃったしね」
牙を覗かせて笑いながら太股に固いものを押しつけてくる男に、ひやりと冷たい汗が流れる。日付が変わるまでで終わらないのは当たり前としても、この分ではいつ眠らせてもらえるのかわかったものではない。
肌に触れていた手が下へと滑り、俺のベルトを鮮やかな手つきで外してくる。そのまま前をくつろげズボンも下着もまとめて下げられると、焦りを感じながらも次の期待に腰はもぞりと揺れてしまった。
瑠夏の手が太股を伝い、付け根を指先でなぞってから窄まりへと触れる。痛みはないが軽く爪を立てられ、思わず腰が引けそうになった。
「そうそう、あと猫は雌を確実に孕ませるために痛みを与えたりもするんだけど……やってみるかい?」
「え、遠慮する……っ」
「そう、なら、いつものように優しく……激しくしてあげるね」
ギラリと光ったように見えた青の瞳は、きっと錯覚ではないのだろう。煌々と輝くライトに照らされながら、俺は諦めたように目を瞑った。
この猫科のような獣に求められるのは、どうしたって嫌だと思えないのだから。
おわり