幸せをお届けに来ました

その日は朝から散々だった。師走だからなのか知らないが緊急の用件が立て続けに入り、少し落ち着いたかと思えば別の場所でトラブルが起きたと電話がかかってくる。何度か電源を切ってやろうかとも考えたがそういうわけにもいかない、手の空いた家族から今日行われている宴に向かわせていると、最終的に自分と霧生、それに数人の護衛を残すだけになっていた。忙しなさにうんざりとしながら霧生の運転する車のシートに持たれ、深いため息を吐く。

「まったく、酷いクリスマス・イブになったな……」
「そう……ですね」
「霧生、キミも先に向かってくれてよかったのに」
「いえ、自分は……それよりボス、今ので本日の予定は全て消化しました」
「本当かい?果てが見えないと思っていたけれど、どんなものにも終わりは来るんだなぁ……」

少し狭い後部座席で伸びをすれば、霧生も気が抜けたのか小さく息を吐いた。もう日付が変わりそうな時間ではあったが、ボクの家族はそんなことおかまいなしに騒いでいるだろう。それに、そこでうんざりした顔で飲んでいるであろう彼の顔を見れば、この疲れもすぐに吹き飛ぶはずだ。
霧生と共に会場へ向かうと、相変わらずの賑やかさで出迎えられる。クリスマス・イブだなんだと言ったところで、結局自分たちには騒ぐ口実があればいいだけなのだから。今日が誕生日の神の子には少し申し訳ないかもしれない。ワインボトルを押しつけてくる石松達を宥めながら、ボクは一人の姿を探す。すぐに見つけられるはずだ、彼ならこの世界のどこにいたって見つけられると自負している。
しかし予想に反してその姿はどこにも見当たらなかった、壁際でちびちびやっているかと思っていたが目に映るのは華やかな模様の壁紙だけだ。不思議に思い、多少は話の通じそうなパオロの肩を叩く。

「はーい、なんですかぁ、ボス?」
「いや、JJの姿が見当たらないようなんだけれど……」

にこにこと上機嫌なパオロは「じぇいじぇいですかー?」とやや舌っ足らずに呟いた後、あぁ、と手を打った。いつもよりオーバーリアクション気味だが、今はきちんと話を聞いて答えを返してくれるだけでもありがたい。

「ボスが来る少し前に、ふらっと帰っちゃったんですよー」
「……帰った、だって?」
「はい、ボスが来るまで居たら?って止めたんですけど聞かなくってぇ」

多少面食らったが、まぁ彼らしいと言えばらしい。こういった場が苦手だと本人も言っているくらいだ、いつ来るとも知れないボクを待つには難しかったのかもしれない、と、無理矢理納得しようとするが不満は募る。
ボクはJJに会いたかった、この場で触れ合うのは無理でもその顔を見るだけで今日1日の疲れなんて忘れてしまっただろう。そしてしばらく騒ぎに混ざった後は部屋に戻って2人だけで仕切り直してお酒を楽しむ、家族と騒ぎたいのも本当だけれど、せめてこんな聖夜くらいはお互いだけを優先したって罰は当たらないだろうと、そう思っていたのに。

「そう……か」

わかっている、JJはこういったイベント事には疎いだろうし、知っていたところで馬鹿らしいと一蹴されるのが関の山だろう。
それでも情がないわけではない、気持ちの出し方が上手くないだけで時々驚くくらい素直で可愛い一面を見せてくれる。その度に強く抱き締めて壊してしまわないようにするのが大変なことを知っているのだろうか、ボクの前でだけならいい、それをボク以外の誰かが知ってしまうくらいなら、誰の目にも触れない場所に閉じこめてしまいたいと、それ程までに欲深い人間に愛されているのだということを彼は果たしてわかっているのだろうか。
わかっていて尚ボクを選び続けてくれているのだとすれば、二度と離すことは出来ない。

「ボス?」
「――っ……あ、あぁ、霧生……ごめんね、少しぼーっとしてしまったみたいだ」

ボクの様子を見た霧生は一度開いた口をすぐに閉じるといった動作を数回繰り返すと、こちらが怯むほどに鋭くした眼光で射抜いてきた。そんな訳はないが、一瞬殺されるのではないかと思ったほどだ。

「ボ、ボスはお疲れなんですね!」
「え、あ、いや」
「いえあれだけの予定を消化したんですお疲れのはずです!でしたら、先に屋敷にお戻りになるのがよろしいかと!」

まるで周りに聞かせるかのような大声でそう言った霧生の顔は、真っ赤だった。もしかすると彼にはボクの葛藤が伝わってしまったのかもしれない。霧生とJJは似ていると感じる事があるが、こうして不器用ながらにボクの為を思って行動してくれるあたりは、特に。
その大声を聞きつけてか、石松がにやにやと近寄ってくる。随分酒が回っているようで、側でケーキをつついていたパオロの首に手を回し無理矢理こちらへと連れてきた。

「何さ石松、今シェフ自慢のケーキが」
「ケーキよりこっちだろパオロ!なんだよ瑠夏水くせぇな、そんなん俺らに言ってくれりゃあすぐ抜けさせてやったってのに、よりによってそんな犬っころに」
「誰が犬だ誰が!」
「石松!酒臭いよはーなーれーて!」

どうにか石松の手から抜け出したパオロは「霧生くん後はよろしく」と石松に霧生を押しつけるとボクの前に立った。石松にもみくちゃにされて酒が抜けたのか先程よりずっとしゃっきりとした表情で口を開く。

「でも石松の言ったとおり、気になることがあるんでしたらボスは屋敷に戻ってください」
「いや、しかし折角のパーティーにボクが少ししか顔を出さないというのも……」
「もう皆お酒入っちゃってるし、大丈夫ですよ。それにボス、霧生くんに気付かれるくらい心ここにあらずって感じで、そんなんじゃ楽しめないでしょう?」
「お、おいパオロ」

はいはい、と無理矢理背中を押しボクを廊下へと出したパオロは、運転手と車は正門に待たせてありますからと告げ扉を閉める直前、

「メリークリスマス、ボス。良い聖夜を……JJと」

にっこりと微笑んでそう口にした。必死に隠しているわけでもなかったが、それでもわざわざ口外したことはない。あくまでもボクとJJは ”秘密の関係” まぁパオロ辺りは気付いていてもおかしくないと思ってはいたが、さっきの様子では霧生や石松も薄々、もしくははっきりと気付いているのだろう。

「……それも、そうか」

ひとりごちてから、今までの自分を知っている彼らならば気付いても当たり前だろうと思い直す。めっきり聞かなくなったであろう火遊びの噂と、たった一人だけ呼ばれる存在。自分の勝手さで振り回した相手に何も感じないわけではないが……優先順位を間違えれば一番大切な人を傷つけてしまう。

たった独りで戦いながら生きてきたJJ、懐に抱いてみればその身体は細く、内に秘めていた心は酷く繊細だった。叫びたい程の激しい想いを抱えながら歯を食いしばり耐えることの出来る彼が、その口で不器用に言葉を探しながらボクを求めてくれた。
まったく同じ気持ちだったとロマンティックなことを言えればよかったが、きっとあの時のJJとボクとでは気持ちの重さが大きく違っただろう。それでも嬉しかったことは本当だし、何より告げられたときから膨らむようにして大きくなっていく彼への愛おしさは、胸を張って本物だと言える。
JJが好きだ、愛している。彼さえ傍にいてくれれば、ボクは何にだってなれるだろう。






「JJ……?」

屋敷につき運転手を帰すと、ボクは真っ先にJJの部屋へと向かった。ノックをしてから名を呼び待つが、一向に返事は帰ってこない。まさかまたすれ違ってしまったのだろうか、パーティーの会場は屋敷からそう離れた場所ではない、徒歩と車という差はあるが、JJの方が先に着いているとばかり考えていた。
或いは、と、先程より早足で廊下を歩く。これは可能性というより、希望……願望だ。そうであってくれればボクはすごく嬉しくなるだろうという妄想にも近い。自室のドアを開けることにこんなに緊張したのは、きっと後にも先にもこの時だけだろう。

「……JJ……」

扉を開いた向こうには、焦がれた恋人の姿。ソファーにゆったりと腰掛け……ボクの呼ぶ声に反応しないところを見ると、どうやら待ちくたびれて眠ってしまったようだ。彼自身もここ数日仕事の依頼でバタついていたはずだ、疲れていても無理はない。なるべく足音を立てないようにしてドアを閉めソファーに近付くと、その隣に腰掛ける。すると流石に気付いてしまったらしく、JJはうっすらと閉じていた瞼を開いてしまった。我儘を言えば、もう少し寝顔を見ていたかったのだけれど。

「ん……瑠夏……戻ったのか」
「あぁ、待たせて悪かったねJJ……ただいま」

まだどこか夢見心地なのかぼんやりとした口調のまま「おかえり」と呟いたJJは懐から取り出した携帯で時間を確認し、不思議そうな表情を浮かべる。早い……といってもすでに日付は変わっているが、それでもまだ宴もたけなわな時間にボクが帰ってきたことを驚いているのだろう。その様子が可愛くて、髪の毛をくしゃりと撫で額に口付けを落とす。反射的になのか押し返してこようとした腕ごとJJを抱き締め、今度は頬に口付けた。まだ少し蕩けているような瞼、乱れた髪から無防備に覗く額、照れからか薄く染まった頬、最後に、制止の言葉を紡ごうとした唇に自分のそれを重ねる。それでようやく諦めたのか、迷っているようだった指先をボクの背中にしがみつかせるとそのまま体重を預けてきた。薄く開いた唇をなぞるように舌を触れさせれば、求めるように自分から舌を伸ばしてくる。頬に手を添え口付けを深くすると、唾液を混ぜ合うようにして舌を絡ませた。先を吸い上げた時に気持ちよさそうに震える身体が可愛くて、頬に添えていた手を首筋から背中へと滑らせていくとJJはくすぐったそうに身を捩る。

「んっ……瑠夏……」
「っ……JJ?」

JJはボクのネクタイに触れると、それをするりと解いた。彼から積極的に触れてくるのは珍しい、しばらくされるがままに任せていたがあまりにも焦れったい手つきに段々と我慢が出来なくなる。JJの腕を取りソファーへ押さえ付けると、目を丸くしながらもどこか期待を含んだ光が見つめ返してきた。それに応えるように口付けながら、離した手で服を脱がせていくと、JJは脱がせやすいようにか動きに合わせるようにして身体を浮かせる。

「何だか、今日のキミはすごく積極的だね」
「……クリスマス、だろ」

からかうようにして告げた言葉に、顔を赤くしたJJが小さく答えを返してくる。そしてぎゅっと抱き付いてくると、先程ボクがしたように頬へと口付けを落としてきた。彼がそんな行動をとるとは流石に予想していなかったせいでぽかんと動きを止めたボクの耳元に唇を寄せたJJは、囁くようにして言葉を紡ぐ。

「俺は……瑠夏と過ごしたかった、から……」
「……から?」
「っ……わかるだろ……ここで待ってれば、アンタと2人きりになれると……思ったんだ」

どくん、と心臓が跳ねる。落胆して、期待して、最後にこうして答えを貰った。顔に熱が溜まっていくのがわかって、ぎゅうっときつくJJを抱きしめた。それでもきっと、赤くなった耳は見られてしまったのではないだろうか。JJはもぞもぞと動き身体を離そうとするがそれを抑え込むようにして更に腕の力を強める。

「瑠、夏……っ、苦しい」
「ごめん、少し……待ってくれ……今、顔を見られたくない」
「何で、だ……っ」
「いいから……はぁ……キミは本当に……」

ボクの感情をこんなに振り回せるのは、この世できっとキミだけだ。仕返しのつもりで首筋に噛み付くとJJはびくっと身体を跳ねさせた、今度はそこに舌を這わせ時折軽く歯を触れさせる。少しずついつもの自分に戻っていくのを感じながらJJの耳を唇で軽く食むと、そこでまた溜息を吐いた。

「瑠夏……?」
「……なぁJJ、キミは、ボクが好きか?」
「は……?いきなり、何だ」
「いいから。今日くらい、いいだろう?」

何度も何度も耳に口付けを落とし、「JJ」と呼びかけながら言葉をねだる。それを受けてJJが小さく漏らす声に、ゆっくり理性が悲鳴を上げ始めていた。腰を撫でる手がベルトにかかろうという時になって、ようやくJJがボクと同じように耳元へ唇を寄せてくる。

「……好きだ……アンタを、その……」
「……」
「愛……してる」

今度こそ理性は持たない、愛の言葉を告げてくれた唇を塞ぎ、その身体全てに触れる。性急に進む行為すら受け入れてくれる彼がどんどん愛おしくなり、加減が出来なくなっていく。ベッドに移ってからもひたすらにJJを貪り尽くし、とうとう彼が気を失うまで自分の欲望は止まる事がなかった。

そうして腕の中で眠る彼にしつこいくらいの口付けを落としてから、自分も眠りにつく。
世界中で一番素敵なプレゼントを、大切に抱き締めながら。









おわり!