繋いだ熱の行方
だから、俺はあのとき立ち去ろうと思ったんだ。言い触らす気はなかったし、こちらとしても見なかったことにしたかったのだから。
一人でしているところを見られ己の勘違いに気付いた霧生は、やけにしおらしくなってしまい扱いづらかった。いつものように噛み付いてくるのならばまだいい、しかし少しでも強く言えばありもしない耳と尻尾を垂らして落ち込んでしまいそうな奴に対して、俺もどう対応するべきか頭を悩ませていた。いっそ邪魔をした責任でも取ってやればいいのかと思い霧生へ手を伸ばすが逆に腕をとられ、驚き押し返そうとするが霧生も無理に腕を引いてきたため互いにバランスを崩し2人同時にベッドへ倒れ込む。
「っ……おい霧生、何を……」
「お前こそ、何をしようと……」
ベッドから起き上がろうにも霧生が腕を離さなそうとしないので思うように動けない、倒れ込んだまま互いに言葉を詰まらせ所在なく視線を彷徨わす。もぞり、と霧生が動いたのを見て、ようやく腕を離す気になったかと思えば、あろうことか逆の手が俺のものを布越しに撫でてくる。
「っ……!?」
「っ、少し……固くなってるな」
「霧生っ…何して、」
「……お、俺だけが見られたのは不公平だろう……お前も見せろ」
そう言って無理矢理俺のベルトを外そうとしてくる霧生の腕を掴み抵抗を試みる。こいつは一体どうしたんだ、見られたショックで頭のネジが数本飛んでいったんじゃないか、そう考えてしまうくらい霧生の行動も言動もおかしかった。
「なっ……何で俺が見せないといけないんだ、お前が勝手に見せたんだろう……!」
「っ、ドアは閉めていた!勝手に開けて覗いたのはJJ、お前だろう!」
ぐっ、と俺は言葉を詰まらせた。鍵をかけてなかったことや声が漏れていたことを言ってやろうかと思ったが、確かにノックもせずドアを開けたのはまずかった、かもしれない。そして衝撃もあったとはいえ、しばらくまじまじと見てしまったのは言い訳のしようもない事実だ。
俺の反応が鈍くなったのを見て、霧生は一気にベルトを引き抜くとスラックスと下着をまとめて下げてしまう。霧生の姿を見ていたことで少し反応してしまっていたそれを目にして、霧生は更に顔を赤くした。自分の行為を見ていたことでそうなっているのはわかっているらしい。
「……これは、その……仕方ないだろう、あまり見るな……というかいい加減に、」
「いや、その……わからんでも、ない、が……」
同じ男として全く理解出来ないわけではないのか、しかしその対象が自分であることが複雑な様でもごもごと言葉を紡ぐ霧生。しかしどう言えばこいつは冷静になってくれるのか、先程はつい喧嘩腰になってしまったが、相手が冷静でないのならこちらも冷静さを欠くのは悪循環しか生まないだろう。
溜息を吐いて霧生を宥めようと口を開く、が、それより早く霧生の手が俺のものを直に撫でた。
「っあ!お、い、霧生……!」
「っ……俺のを見たんだ……お前の姿も、見せろ」
「だから、どうしてそう、っ、霧生!」
俺のものに触れている腕を掴みどうにかその動きを止めようとするが、どうにも上手くいかない。逆の手で押し返そうと身体を押してもそれは同じだった。舌打ちをして、俺は半ばやけになりながら両手を離し素早く霧生のベルトを外し同じようにスラックスと下着をまとめて下ろす。流石に動揺したのか、霧生は手の動きを止め俺を見た。
「おいJJ、何を……!」
「お前と同じことを、っ、しただけだ……俺だけ見られるのも、不公平、だろ」
「お前はもう見ただろう!何が不公平だ!」
「うるさい……!とにかく、お前が止めないのなら、俺も止めないからな……っ」
そう言って未だ昂ぶっている霧生のものに手を触れさせ、擦り上げると霧生は小さく呻き声を漏らした。自分でしていたことで敏感になっているのだろう、手の中のものはすぐ先走りを漏らし始める。それを塗りつけるようにして動かしてやると霧生の呼吸にどんどんと荒さが増していった。
「っ、くそ……!」
「くっ、あ……」
霧生が突然手の動きを激しくし、俺へ強い刺激を与えてくる。霧生の反応に気を良くしていた俺は、突如自分へ与えられた快楽に堪え切れず甘ったるい声を漏らしてしまった。無理矢理昂ぶらせようという乱暴な手の動きにも、それは従順に反応を返してしまう。すぐ霧生のものと同じように先走りを漏らし始め、霧生はまるでお返しとでもいうかのように俺の手の動きを再現し、それを全体へ塗りつけ卑猥な水音を立てながら手を動かした。
少し口角を上げた霧生の表情が気に食わず、俺も手の動きを激しくしてやる。重なる水音が、鼓膜すら緩やかに刺激するようだ。
「はぁ……っ、JJ……あっ!」
「っ、あ……霧生……!」
もぞりと身体を動かすと、こつりと汗ばんだ額同士が触れあった。貼り付く髪の毛がうっとうしく、どかしてやろうと空いている手を伸ばすと同じことを考えたらしい霧生の手とぶつかる。どうしたものかと逡巡していると霧生と視線が合い、どちらともなく指先を絡ませた。
俺たちは何をしているんだと思いながらも、そのままぎゅっと手を繋ぎまた互いのものを刺激し合う。その頃にはもうただ昇り詰めてしまいたいという感情しか残っていなかった、例えその刺激を与えているのが自分以外の、よりにもよってあの霧生だということも快楽に塗りつぶされている頭ではすでに問題にならないらしい。
互いに漏らす声で一層煽られながら、俺たちはひたすらに手を動かす。
「く、あぁ……!」
「あ、あ……っ!」
繋いでいる霧生の力が強くなる、やはり昇り詰めるのは霧生の方が早かったらしい。わざと感じるであろう先端を強く刺激してやると、一瞬きつく目を瞑った霧生は目に涙を滲ませたまま俺のものも同じように刺激し始める。こいつはどうしてこうも真似ばかりするんだと心で悪態を吐きながら、俺も自分が終わりへ向かい昇り詰めていくのを感じていた。
「も、う……っ、JJ……!」
「っ、く……霧生……っ」
痛いくらいに互いの手を握り合う、そのままびくりと身体を揺らし互いの腹へと白濁を撒き散らした。熱を吐き出したものから手を離し、力なくシーツに身体を預けながら荒い呼吸を繰り返していると少しずつ頭は冷静になっていく。馬鹿な事をした、と後悔もしてみるが今更だ。
「……それで……こっちの姿も見て、満足か……霧生」
「っ……あ……あぁ……そう、だな」
からかいの言葉、もしくは悪態でも吐いてやろうかと開いた口からは碌な言葉が出てこない。それに返した霧生の言葉もどこかぼんやりとしたもので、俺たちは妙な空気のまましばらく動けずにいた。それでも、いつまでもこうしているわけにはいかないと、達したばかりでだるい身体を無理矢理起こす、が、ぐっと腕が引かれる。
何かと思いそこへ視線をやると未だ繋いだままの手が目に入り、カッと顔に熱が昇った。視界の端で、霧生も同じように顔を赤くしているのが見える。
「じぇ、JJ、これはだな!」
「い、いいから、さっさと離せ……っ」
振り切るようにして互いに手を離す。きつく握り合ったそこは少し赤くなり、相手の体温を強く残していた。
服に付いてしまった白濁を拭い、適当に身なりを整えてからベッドを下りる。何か言葉をかけるべきかとドアノブに触れながら霧生の方を振り返ると、身なりを整え終わったらしい霧生はぼんやりと繋いでいた掌を眺めていた。その姿に言いようのない感情が熱に似た感覚を伴って生まれる、それを飲み込んだつもりで、どうにか口を開く。
「……ゆっくり、休めよ」
「っ…………あぁ……おや、すみ」
俺の言葉でようやく我に返ったのか、それでもどこかまだはっきりしない様子で言葉を返した霧生を視界から外し、廊下へ出ると後ろ手にドアを閉める。
いつの間にか詰めていた息をゆっくりと吐き出しながら、静かに廊下を歩きだした。
自然と、霧生と繋いでいた手を握りしめる。まるでそこにある熱を失いたくないとでもいうかのように。
おわり