愛し方すらいとおしい

渡したいものがあるから、屋敷に戻ったらそのままボクの部屋に来てくれるかい?と帰路の途中かかってきた電話でそんな誘いを受けた。そもそも仕事の報告に行かなくてはいけないのだから瑠夏に言われるまでもなく直接部屋へ向かうつもりだったが、念を押してでも自分の部屋に来てもらいたかったのだろうか。
瑠夏の渡したいものとはなんだろう、仕事関係のものか、それとも、と時折贈られるプレゼントを思い返しながら屋敷の門を潜り、そのまま瑠夏の部屋へと向かう。いつものようにノックをし名前を告げ、瑠夏の返事を待ってから扉を開いた。室内に足を踏み入れればいつもの甘い蘭がふわりと香る。それだけで気持ちが少し浮上する自分に気付き、妙に気恥ずかしくなった。

「戻ったぞ、瑠夏。渡したいものとはなんだ?」
「おかえりJJ。相変わらずキミはせっかちだなぁ……ほら、まずは仕事の疲れを癒してあげるから、おいで?」

瑠夏はそう言いながら呆れたように笑う。そして座っていた椅子から立ち上がると机の前に移動し、両腕を俺に向けて広げてきた。あまりにもわかりやすい光景に俺はむしろ尻込みしてしまい、ソファーの手前辺りで足を止める。
ボクの胸に飛び込んでおいでとでも言わんばかりのそのポーズに対し、素直に抱き締められにいける程、この男のスキンシップに対して開き直れてはいない。

「お・い・で?」

聞こえなかったのかい?と笑みを深くしながらわざわざ一音ずつはっきりと区切って口にした瑠夏に、逆らうよりはと仕方なくノロノロ足を動かした。爪先同士が触れ合いそうな距離まで近づいても瑠夏は俺を上機嫌に見つめてくるばかりだ、顔の温度が上がるのを自覚しながら、そっと身を預け広い背中へと腕を回す。そうしてようやく瑠夏も俺の背へ同じように腕を回し、少し苦しいくらいに抱き締めてきた。

「っ……瑠夏、苦しい」
「あぁ、ごめんごめん。可愛かったから、つい」

つい、で圧死させられてはたまったものではない。力を緩め、片手で俺の頭を撫で始めた瑠夏にそのまま抱き締められながら、ゆっくりと鳴る瑠夏の鼓動と穏やかな呼吸音を聴く。
殺し以外の事にはほとんど興味がなかった、それを悲しいと感じたこともなかった。それでも、瑠夏の香りや鼓動の音を好きだと、温度や声、抱き締めてくる腕の力強さや髪を弄る指先が、瑠夏・ベリーニという男を構成している全てのものが愛しく感じるようになれた事は、素直に嬉しいと思える。

「…………」
「…………」
「…………瑠夏」
「ん……?どうしたんだいJJ」

いつまで経っても離そうとしないどころか、言葉も無いままにただ抱き合っているというこの状況に根を上げ瑠夏の名を呼んだ。やわらかくそれに応える声は、耳が蕩けそうな程に甘い。

「いや、その……渡すものがあると、言っていただろう」
「そうなんだけど……うーん…………やっぱりもう少し」

そう言ってまた腕の力を強めてくる男にだから苦しいと文句をつけながら、ふと瑠夏のテーブルに載せられた見慣れないものが目に付く。ガラスで出来た薄いブルーの花瓶に活けられているそれは、ピンクと紫の中間のような色合いの小さい花。植物の種類などほとんどわからないので、正式な名前はわからないが。

「瑠夏、この花はどうしたんだ?」
「あぁ、帰りの途中花屋で見つけてね。綺麗だから買ってきたんだ」
「そう、なのか……アンタはもっと派手な花が好きかと思っていた」
「ははっ、そうでもないよ。それにこれを見ていたら、店員が色々説明してくれてね」

特に花言葉が気に入ったんだと、俺の髪から手を離しその花弁にそっと触れる瑠夏。慈しむように触れるその指先に目を奪われる。俺の髪に触れていた時も、あんなに優しい手つきだったのだろうか。
それにしても花にいちいち花言葉なんてものがついているのかと、しかし瑠夏が興味を引かれたというそれは気になった。問いかければ、少し高い位置から俺の瞳を覗きこむようにして瑠夏が口を開く。

「いくつかあるみたいなんだけど……互いに忘れないように、と、変わらない愛、なんだって。ロマンティックだろう?」

その言葉が気に入る辺り、流石瑠夏だと思わなくもない。愛だの何だのとそんなに頻繁に口にして恥ずかしくはならないのだろうか、俺は何度言葉にしても、その度落ち着かない気分になるというのに。

「……で、この花を包んでもらっていたら、恋人への誕生日プレゼントですか?って聞かれてね」
「……プレゼントはわかるが、どうして誕生日になるんだ?」
「どうやらこの花……紫蘭っていうんだけどね、今日5月17日の誕生花らしいんだ。それで、なら誕生石も一緒に贈るといいですよって教えてもらって……だから、こっちはキミに」

身体を離した瑠夏が花瓶の死角に置いていたらしい手のひらサイズの小箱を持ち、俺へと差し出してくる。戸惑いながらもそれを受け取り、貰っておいて見ないのは失礼だろうと蓋に手をかけた。まぁ、話の流れからこの中身が宝石だという事はわかるのだが。

「これは……指輪か?」
「うん、パープル・サファイアっていう石が埋め込まれてる。チェーンに通して……これ」

瑠夏は長い指で俺の鎖骨をなぞり首にかかっているチェーンを指で掬うと、服の下で揺れていた弾丸を外へ晒した。俺に殺しを教えた男の、忘れ形見を。

「この大切なモノの代わりに、いつも身につけていて欲しいんだ」

どこか皮肉めいた言葉だ、瑠夏は俺に、過去ではなく自分を選ばせようとしている。痛い程感じる瑠夏の嫉妬に、この小さな石で縛ろうとする独占欲に、鼓動が速くなるのを感じた。これ程愛しいと想う人になど、もうこの先会えなくていい。瑠夏だけが、いい。
貰った小箱をテーブルに置くと、首にかかっているチェーンを外しそこから古ぼけた弾を抜く。そうして小箱を手にする代わりに、それを机へと置いた。

「……アンタが、つけてくれないか」
「あぁ、勿論……初めからそのつもりだよ」

小箱から取り出した指輪を渡したチェーンへ潜らせると、今度はそれの端をそれぞれ両手で持ってから俺の首へと回し、後ろで留める。どこか儀式めいたやりとりだと、妙に浮ついた心が笑った。
瑠夏がうなじから手を離したのを確認して、先程までと同じように両手を瑠夏の背中へとしがみつかせる。そうして胸へ耳を寄せれば、僅かに速くなった心音が鼓膜を叩いた。

「……心音が速いな」
「まぁ……緊張したからだろうね」
「……そうか」

机に置かれた弾は、瑠夏へ身を預けている今の状態ではその影すら見えない。それでいいと、肌に触れる金属の冷たさを感じながら思う。未練を残せば、この男は静かに傷つくだろうから。

「それで、どうしてこの石を一緒に贈るんだ?これにも何か意味があるんだろう?」
「ん……これの場合は、石自体の言葉じゃなくて」

瑠夏は腰に回していた片方の手で俺の顎を掴み、自分と視線が合うように上を向かせてくる。仄かに目元を赤く染めながら透き通るような青い瞳が近付き、唇同士が触れ合う直前にその答えを知った。

「恋人へプレゼントすると、浮気防止になるんだってさ」

そうして笑みの形のまま口付けてきた男に、どちらかといえばそれが必要なのはアンタじゃないのかと、呆れながらもその口付けに応える。もっと強く瑠夏を感じたいと首の後ろへ腕を回し、自ら口付けを深くした。
近い内、同じ石を俺も瑠夏に贈ろう。そうすれば傍に飾られている紫蘭の花言葉のように、互いを忘れない、変わらぬ愛の証になるだろうから。








おわり